潮にのってきた彼女
「思わず静さんにも詫びを入れたが、わたしに謝ってどうするとぴしゃりだ。
僕は反省して、島へ戻ってくる時なんだろうかと父の仏壇の前で来る日も来る日も悩んでいた。

するとある日、唐突に静さんがやってきて、黙ったまま僕の隣に座ると、この間は怒鳴って悪かったと言うんだ。
そして彼女は続けた。

『本当に大切なものは、失って初めて気づくんや。
あんたは十分反省した。後悔を重ねて。それはあんたの家族かてわかってくれてる。

今、あんたが本当に大切やと感じているもの。
今回失ったものをさしおいてまで、あんたが求めたもの。

それを簡単に捨てさせたくて、わたしはあんたを非難したわけでは、ないんやで』


……僕は母たちと相談し、年に1度は島へ帰ってくる約束でまた島を離れ、教師と、赴任した学校の野球部の監督を、40年間続けてきたんだ」


牧村さんは大きく息をついて、今目の前にあるものに焦点を合わせた。


「……すまないね。君が何も言わずに聞いてくれるものだから、つい長話になってしまって」

「いいんです。でも、驚きました……」

「静さんのことか。今でも、島へ帰った時には必ずと言っていいほど寄らせてもらっているよ。


ああ、君とは会ったことがないと言ったが、正確には一度だけ会っている。君が生まれて間もない頃だ。

倫子さん、だったかな。彼女が初めて君を連れて島へ来た時に、僕もたまたま帰って来ていたので、ただちに静さんに呼ばれたんだ。

初孫が生まれたという話は聞いていたからね。静さん、嬉しそうだったよ。


それから会うことはなかったが、君のことは静さんから時々聞いていた。野球を始めたようだと聞いた時は、嬉しいながらも複雑な気持ちになったものだ。

そして、今から1年程前のことだね。君が進んだという高校の名に聞き覚えがあった。

君の入学より少し前に、練習試合を組んだことがあったんだ。

驚いたよ。昔馴染みの初孫さんが、こんな近くで活躍をしていたのか、とね」
< 179 / 216 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop