潮にのってきた彼女
「近く……」


牧村さんに高校名を聞くと、聞きおぼえがあるどころか、一度は進学を検討したこともある学校だった。


「ユニフォームを見たのに、気がつきませんでした」


久しぶりの光景に、そこまで頭が働かなかったのだろう。


「無理もないよ」


顔をあげると、牧村さんが片眉をあげて苦笑していたので驚いた。

はっきり共感したような表情だったからだ。


「……話をとばしたが、実は僕も、高校で野球ができたのは1年間もなかったんだ」


彼は視線を落とすと、右手で自分の膝をぽんぽんと叩いた。


「僕は右膝だった。君は、肩だったかな」

「はい。左肩です」

「そうか、サウスポーだったね。

静さんに聞いてから、君のことを知りたいと思ってね。君の高校にいる親しい先生から、時折話を聞いていたんだ。


真面目で、1年生の中では秀でているにも関わらず、先輩といがみ合うような様子もない。
同学年の仲間とも上手くやっていて、よく遅くまで練習につきあっているようだ、と聞いていたよ。

僕には孫がいないものでね。静さんが羨ましくなったよ。

そんな時に、君のところとまた練習試合を組むことが決まったんだ。
確か、10月の末頃に」


10月末、という言葉で彼の言おうとしていることがわかった。

違和感は数日前からあった。中学の頃から忠告を受けていなかったわけではないのだし、少しでもそれを覚えた時点で診てもらうのが当然だった。

それを怠ったのは他でもない自分だ。自分の身体のことは自分にしかわからない。


アスリート失格だったな、と、今なら冷静に反省ができる。

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