潮にのってきた彼女
「会うことができたら、声をかけようか、やめておこうかと迷いながら君のところへ行かせてもらった日、君が、しばらく練習を休んでいるという話を初めて聞いた。

まもなくして、野球部をやめざるを得なくなったのだと、親しい先生が、遠慮がちにも私に教えてくれたよ。


その時も、本当に驚いた。まるで自分と同じ時期じゃないか。

会いに行こうかとも思ったが、君にとって私は見知らぬ他人だ。
決心もできず、また機会にも恵まれずにいた時、静さんから連絡があった。

『あんたがやけに気にしとるうちの孫なら、春から島で暮らすことになったわ』とね」


穏やかな横顔に、なんと返事をしていいのかわからなくなる。


知らなかった。知るはずもなかったけれど、欠片ほども知れていなかった。

自分のことをそんな風に気にかけてくれていた人の存在を。
かつてあの絶望感を味わったことのある人が、こんな身近にいたことを。

それに、ばあちゃんが何も言わずに受け入れてくれていたということも。


「ありがとう、ございます」


いやいや、と牧村さんは笑って言った。


「私が勝手に、君に目をつけていただけなんだから。お礼を言ってもらうようなことではないよ。
ただとても、気になったんだ。静さんの孫というだけでも一度会ってみる価値はありそうだ、なんて思っていたんだからね。


君が島にしばらく移ることを望んだと聞いて、必ず会って話をしようと思っていたよ。

そんな折、かねてからの希望だった、合宿先をこの島にという提案を、学校側が初めて受理してくれたんだ。

実は今日にでも、静さんのところへ行くつもりだった。
それがまさか、この場所で君と、出会えるとは、ねえ……」
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