潮にのってきた彼女
彼はベンチの薄いベニヤ板に触れた。そして、耳をそばだてるようにそっと目を閉じる。


「ここは、私の母校なんだ。あちこち補修工事はなされているが、環境は今も変わらない。

合宿の間、トレーニングとして朝起きたらすぐに海岸を走るというメニューを組み入れてもらったんだ。
やはり、潮風にあたると目が覚めると言っていたよ。
海はどんな人間にとっても特別な場所であるような気がするね。

そんな海を日常のひとつとして身近に感じながら通うことのできるこの学校は、素晴らしいと思うよ。


私はひとりで島を出てしまったが、当時の友達は今でもつきあいのある者が多いんだ。
静さんのようにね。
きっと翔瑚くんも、そうなるんじゃないかな」


島で出会った人々は、みんな心の広い人ばかりだった。
大きな海を見て育ち、分け合い、助け合い、のんびりと、だけどそれぞれいろいろなことを考え感じながら生きてきた人々。


休憩のために来たつもりだったこの場所で、様々な人の言葉や行動に、自分が成長させてもらってきたことを思う。

そしてその重要な言葉をもらったのは、俺の場合、島の中に住むひとからばかりではなかった。


「……初めは、ここの他に行くところがなかったから、この島に来ただけでした」


牧村さんの目が開く。


「肩をこわして、もう、自分のいない野球部を見ていることができなくて。努力しようとする前に逃げ出して、逃げ場として島へやってきました。

気持ちの整理がつくまでの仮の居場所のつもりで。


結局、家族ときちんと話すことも、病院を訪ね歩くこともせず、逃げて来ただけの自分の気持ちに整理なんてつくはずもなくて、その事にやっと気づけたばかりなんです。


島へ来たばかりの頃考えていたのは、けがをする前と後の自分のこととか、今頃野球部では誰が自分のポジションに、とか、そんなことばっかり。

長くいるつもりもなかったから、学校のやつらに自分から声をかけようともしなくて。

結局自分は何がしたいんだろうとか、堂々巡りで、1人で悩んで考えて、悩むことに疲れて、早く結論を出したくて、でも何をどう考えたらいいのかもわからなくなって、今から思えば辛い時期でした」
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