潮にのってきた彼女
「……海の世界にとって人間という存在は、自分たちより自由な分、関われば自分たちの種をおびやかしかねないいきものだという思想が根づいているから。

だけど、同時に強い憧れを抱く存在でもあるんだよ。
だから禁じられているとは言っても、こっそり接触していたり、思いがけなく出会うっていう例は少なくないと思うの。


それでもわたしたちの存在が陸で明らかにされていないのは、やっぱり彼らも最後には掟に従順になってるからなのよね。
それにはわけがあるの。

もしその掟を破ったら、その人魚が死んでしまっても、魂は200年間、海に還れず独りで闇を彷徨うことになるんだって。

……この広い海に住む者にとって、独りになるほど恐ろしいことって、ないんだよ。

だから、破る勇気のある人魚がいただなんて、思いもよらなかった」

「……あ、そうか」


アクアの涙の理由の1つになったものに、今やっと気づいた。


「ばあちゃんが、記憶を持ったままだってことは……」


アクアの祖父は、もうひとつ大きな決断をしていたのだった。


「祖父は、翔瑚のおばあさんに、言わなかったのね。
自分の記憶を彼女に残すことを選んだんだ――

わたしたちは、出会う前から始まっていたんだね」

「そっか……」


何十年も前のこと。同じ場所で同じ血同士は巡り合っていた。

アクアの祖父とばあちゃんが出会った瞬間に、確かに俺たちは始まっていたと言えた。

世代を超え、海底の国王の想いの象徴、恐ろしく美しい宝石も伝わった。

全てが明らかになった今、今度は俺たちが2人で始める番だった。


「本当は」


アクアが呟く。


「今、何も考えたくない」

「うん」

「けど、もうそんなことは言っていられないね」

「そうだね」


いつまでもこの奇跡に浸っている場合じゃない。

俺たち2人は、それぞれ覚悟していたはずのこの瞬間に辿り着いてしまった。

あっけなく、辿り着いてしまっていた。






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