潮にのってきた彼女
内容とはうらはらに彼女の声は、張りつめた細い糸を思わせる危険さと脆さを孕んでいた。

触れてみるまで、どちらが傷つくかわからない。


「だって、つまりもう会えなくなるってことだよね。それに、海の底へ帰ったわたしの方では、翔瑚の記憶は残ってるんだよ。
もう会えない、自分のことを知らない、好きな人の記憶」


もちろん、何も言えなかった。どちらを選んでも、めでたしめでたしでは終わらない。

アクアだってわかってる。わかってるから、認めるのが怖い。逃げたい。何も考えたくない。


好きで、ずっと一緒にいたいと思った女の子が目の前で泣いていても、何もできない。

ずるずるとこのまま決断を延ばすだけならできる。でももう、たぶん戻れない。
いつか来る別れの時におびえながら過ごすことしか、できなくなってしまうと思う。


「2人で決められることは幸せなんだって」

「え?」

「ばあちゃんが言ってた。ばあちゃんの時は、そうじゃなかったから」

「でも、選んで幸せになれる道、残ってないわ」

「じゃあ、もう」


最終的に捻り出した道は、耳を塞ぎたくなるほど幼稚なものだった。


「2人で、さっさと海に還っちゃおうか」


瞬間的に目をみはったアクアも、すぐに、悲しい笑顔に戻る。

ばあちゃんの、あの、痛ましい表情に似ている。



< 193 / 216 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop