潮にのってきた彼女
「だめだよ」


アクアは肩にもたれかかってきた。


「一緒にいけないよ。このままじゃどうせ、わたしの魂だけ、海まで届かない」


水平線上にむくむくと育っている白い塊を眺めながら、2人は黙った。


いつかの話を思い出す。アクアが海で俺は風。

空と海のように、ずっと交わらないということはない。
だけどよく考えたら、海と風だって相容れない存在なのだ。

風は時に海を荒らして波風を立てる。
風が凪ぐ時、海は最も穏やかに美しく揺れる。


「……そう、それに、これがあるわ」


アクアは桐の箱の上に手を置いた。


「こんなもの、消し去ってしまわないといけない。祖父から託されたからには、やりとげる義務があると思う」

「ばあちゃんは、2人で決めたらいいと言ってくれた」

「これもまた、決断ね」


こんなに急に、大きすぎる決断をいくつも迫られることになるなんて。
掟のことを言えずにいたアクアにとっても、突然すぎることだろう。


たくさんのことを考えた。島に来る前のことから。ばあちゃんの時代のことから。
見えない王国のことも。ひとつの家宝に翻弄され、壊れた国。不幸な王。

今も続く、その子孫たちの悩み。


だけど、不謹慎かもしれないけど、もしこの真珠がなければ、アクアとは出会えていなかった。

もしこの出会いがなかったら俺はどうなっていたんだろう。

中途半端に投げ出して、逃げ出して。島とも島の人間とも、今ほどの関わり方はできていなかったかもしれない。
新しい、未知の世界の存在を知り、比べ物にならないほど大きな視野と違った角度から見たものの考え方を持てたことは、何よりの幸運だった。

もしもアクアと出会えていなかったら。

今の俺がいないことは、間違いない。



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