潮にのってきた彼女
「じゃあわたしは、おひれを足にする薬を作ってくれる、黒くて悪そうな老婆を探すね」

「でもあの物語じゃ、若い人魚は声を奪われるんだよ」

「別にいいよ」


全然怖くない。とアクアは笑う。俺も笑う。

死に方のパターンや声を失うことを考えながら笑い合っている俺たちは、不健全だなと思った。でも、不健全な方が楽だった。真面目に考えていたら、それこそ健全じゃいられない。


「でも、俺たちのことの前に」


真珠のことだ。

世代を超えてやってきたこれは、生き物の欲望の象徴だ。物理的な要求ならば、どんな生き物の願いもかなえるのだという。

だがそれは逆に言えば、感情を動かすなどの、生き物が生き物らしい働きで為すべきことは叶えてくれないのだ。

ある意味でこれは、人間や人魚たち、全てのいきものに対して平等であり、いきものたちの境界線を感じさせないものだと思う。


「祖父の決断は、正しかったのかな」


アクアは言った。たぶんいつもなら、こんな率直な疑問はとてもあとになってから口に出していた。


「正しいかどうかはわからないけど、会えたのはその決断のおかげだ」


同じように、思いついたことをそのまま口に出したつもりだった。

しばらく反応がなかったので横を向くと、アクアは驚いたように目を見開いてかたまっていた。口が小さく、「あ」の形に開いている。


「……そっか……」


首を傾げて顔を覗き込むと、アクアは表情を溶かした。


「じゃあ、少なくともわたしたちが、正しかったと信じなくちゃね」


うなずくと、アクアは真珠の箱を自分の近くに取り寄せた。


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