潮にのってきた彼女
ざぶりと海水が小さく盛り上がって顔が見える。


「おはよう」

「おはよう」


変わらぬ挨拶をして、砂の上に腰をおろす。

昨日と同じ状況だったけれど、昨日より落ち着いている気がする。

アクアは白い袋を持っていた。


「これが、薬」


中から出て来たのは乳白色の液体が入った小ビンだった。


「それと」


続けて、桐の箱を袋から半分だけ出す。


「今日、姉たちのところへ持っていく」

「うん」


箱は袋の中に戻って、小ビンは俺の手の中にやってきた。


「飲んだら、一瞬?」

「たぶん、気を失って、目が覚めたら。普通はだまして飲ませたりするから、一瞬で記憶が消えたら身を隠す暇がないもの」

「合意の上って珍しいかな」

「きっとそうだね」


これを飲んで、次に目が覚めたら。たったそれだけで、アクアに関わる記憶の部分だけが、たぶん、消える。

それはここひとつきぐらいの記憶が半減することに等しく、目が覚めたら違う自分になってしまうような気がした。


「すごいな、製薬技術」

「そうだよ。だから、翔瑚、頑張って」

「うん。覚えていたい、から……」


言葉は、浮かんで、広がって消えた。
沈黙に響く波の音が、今日はなんだか空しかった。
無理に作った言葉みたいになりそうで、何も言えなかった。
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