潮にのってきた彼女
「翔瑚が好きな時に飲んで」

「……持ち帰りは?」

「それは嫌。ごめん。わたしが横にいる時、いつでも」

「わかった」


アクアは俺以上に落ち着いているようだった。でも、あんまり笑えてない。


「今までありがとう。短い間になったけど」

「わたしも、翔瑚と会えてよかった。不思議な縁だったけれど、必然だったと思いたい。
わたしだけじゃなく、翔瑚は、シェルライン家にとっても恩人よ」

「俺なんて、命を救われてるよ」

「わたしたちだって同じようなものよ」


言いたいことは探せば山ほどあった。出会った時からのことを全部辿りたいぐらいだった。

でも、これから自分だけが記憶を失くす身としては勝手すぎる気がした。
今までのことを懐かしく思い起こして、そのあとダメージを受けるのはアクアだ。

だから黙った。気のきいたことも言えないし、これ以上正直な気持ちを伝えても苦しみを増やすだけになるかもしれない。何がアクアを苦しめるかわからない。


同じことを父さんから言われた時を思い出した。初めて気持ちがわかった。


「……それじゃあ」


アクアと視線を合わせて、微笑み合う。

どちらからも言葉はなかった。震える手で小ビンを体の前に持ってきて、ためらう。乳白色の液体の代わりに空気を吸い込んで、吐き出す。
ビンのフタを抜いて、少し揺らす。不気味なのにキレイな色だった。


「一息で」

「うん。わたしはずっと見てるから」

「……また、会いたいな」


その一言を言った時、アクアは一旦言葉を詰まらせた。


「……わたしも、会いたい」


アクアが大きく笑ったのを見て、手元の震えが嘘のようにおさまっていた。


たぶん俺はそれで浅はかにも安心したのだった。勝手に通じあったものだと思っていた。


そして俺は、そのまま小ビンの中身を流し込んだ。

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