潮にのってきた彼女
部屋へ入り利き手で窓を開いた。
7月の太陽に蒸された空気と、夕方の落ち着いた空気を交換する。


右手をそっと開いた。
中にあるものはわかっていても、何度だって確かめずにいられない。

少し欠けた半円。色はエメラルド。
小指の爪ほどの大きさのこれは、信じられない俺の記憶の証だ。


微風に風鈴が揺れ涼しげな音をたてた。少しいびつな形をした風鈴。紅い金魚と泡が緩やかな線で描かれている。
ばあちゃんが長い間大切に持っているものなのだそうだ。


ふいに瑠璃色の輝きが浮かんだ。


「……また、会えっかな」


密やかに思っていたことが口をついて出た。


――海の上に来ることは滅多にないのんや――


あれが本当なら、出会えたことは奇跡に等しい。
もう姿を見ることすら、叶わないのかもしれない。
思わずため息が零れた。



記憶を呼び起こし、彼女の姿を思い描く。
瑠璃色、亜麻色、エメラルド。
彼女を形作るのは鮮やかで目を惹く色ばかりだったが、不思議と全ては調和していた。


彼女の笑顔が浮かび、海が浮かんだ。
そういえば、俺は海に落ちたんだった。
それを彼女が助けてくれたんだ。

落ちた俺は、息が持たず意識を失くしていた。
しかし、砂浜に戻るまでの間、確かに一瞬だけ意識を取り戻したはずだ。

口を何かに塞がれ、おそらくそこから酸素を送り込まれ、助かった。


彼女の整った唇が思い出された。
海の中での頼りない記憶。


「まさか、な」


風鈴がまた軽やかに鳴った。
まるで、返事をするかのように。















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