潮にのってきた彼女


「昨日、電話があったよ」


海沿いの道を歩く男女。
つり目がちで艶やかな黒髪をしており、よく似ている。

2人は養殖場の海産物を加工する工場で働いている。今はその帰り道だった。


「本当か!? 早く言えよー」

「忘れてた、の」


長く伸ばした髪をひとまとめにした女の方は、小さな声でその電話の内容を喋り始めた。

よく日焼けした男の方はその小さな声をしっかりと聞き取り、適度に相槌を打っている。


「へー……元気にしてんだな。よかったよかった」

「うん」


その、電話の相手は、某有名医科大学に通う大学生だった。

昨夜電話を受けておきながら今頃それを伝えた女の方は、1つ、男に言わずにいた内容があった。


「あと何年で戻ってくるんだろうなー」

「この夏は、帰れないってさ……」


返事をしながら考える。高校生時代の、ある夏のこと。たくさんの思いが交錯した夏。
あの時を思い出す時にはいつも、夕焼けと海がセットで浮かんできた。

うらやみ続けた年下の女の子。
都会からきた優しい表情の男の子。
そしていつも自分を見守ってくれた、頭の良い、穏やかな、2人目の兄のような存在だった人。


「あれ、どうした? なんか笑ってる?」

「……別に」


その彼からの、電話越しでの申し出のことを考えていると、無意識のうちに微笑が浮かんでいたらしい。


前向きに考えてみよう。

そう思って女は突然、双子の兄をおいて、少女のように翔け出した。






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