潮にのってきた彼女
翌朝目が覚めた時、時刻は4時だった。
どうしてこんな早くに。
脱力し、時計を持った手がだらりと下がる。


もう一眠りとタオルケットを手繰り寄せた時、風鈴の鳴る音がした。

出窓のガラスが開いている。
昨夜閉め忘れたのだろうか。
こんなことは初めてだった。

風鈴がまた甲高く鳴る。
そうか、この音に起こされたのか。

あと数時間の安眠を求めて起き上がり、窓に手をかけた時、また音が響いた。


「今……」


風。
吹いてない。


耳の奥に残る、何かを告げるような音。
すまして揺れる、儚くくだけてしまいそうな風鈴。


視線を窓の向こうに移す。
遠くの海に、昇る途中の太陽で白み始めた水平線が見える。

何も考えずそれを見つめていると、視界に黒い影が飛び込んで来た。



遠く小さく見える影は
太陽を横切り水中に消えた

また離れた場所から飛び出して
イルカの如く空中に弧を描き
影はまた
海に呑まれた


聞こえるわけのないしぶきの弾ける音が朝凪の中再び鳴った風鈴の音と重なる



瞬時に行動に移した。

鳴る風鈴を背に勢いよくドアノブをひねる。
そのままの勢いで開いたドアは壁にぶつかり、静まった家に大きく響いた。
心臓を押さえ、ドアを閉めてそっと階段をおりた。


さすがに、ばあちゃんも千歳さんもまだ起きてはいないらしい
寝部屋の前をそろそろと歩く。

古びた床板が軋み、大きな音を立てた。
ぎょっとして、のせかけた体重を移す。

そっと寝部屋のふすまに耳を押し付けたが、誰かが起きた様子はなかった。


ほっと胸を撫で下ろす。

引き戸を音を立てないように引き、俺は、海へと翔け出した。
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