潮にのってきた彼女
「まだ、寅の下刻よ」

「寅の下刻……って……」


その呼び方に、聞き覚えがなかったわけではない。ばあちゃんがたまにそういう言い方をするので大体はわかる。

寅の下刻と言えば5時から6時の間だ。

しかしながら、そんな呼び方は少なくともばあちゃんの世代以外に使われているのを聞いたことがない。それどころか、島の外の人間が使っているのを聞いたことすらない。

いや、世代や地域だけの問題ではもちろんないんだけれども。


「どこでそれを……」

「寅の下刻? 海の中でも、時間の感覚は存在するわ。今じゃ誰もが使っているもの」


アクアは太陽を指した。


「太陽で、大体の時刻がわかるの。わたしたちの生活は、太陽と密接しているから」


この時刻名は江戸時代頃発達したらしい。
それを海の世界の住人たちが使用しているというのは、なぜなのだろうか。

「いつからそれを?」

「ごく最近よ。この呼び方は。先代の国王からかしら」

「国王……」

「海の中にはね、小国があるの。各国を治めるのがひとりの王なのよ」


恐らく人間の誰もが、海というものは自分たちの統治下に置かれている世界だと信じているだろう。


本当に、人間というやつは自惚れの強い生き物だ。
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