潮にのってきた彼女
「まだ話したいけど、もう行かなきゃ」

「そうね……また、会えるよね?」


アクアは首を傾げて俺を覗き込んだ。

瑠璃色にしっかり捉えられる。



もう戻れない
引き返せない

そんな言葉が一瞬過ぎった。


もともと自分から踏み込んだことなのだ。

未知の世界にとことん踏み込む覚悟はとうにできている。



勢いをつけて腰を上げた。

アクアを見習い、瞳を真っ直ぐに見返して言う。


「もちろん。まだお礼、できてないし」


瑠璃色から不安色が消え去り、アクアは微笑みを浮かべて小さく「よかった」と呟いてから、腕を伸ばして海に滑り込んだ。


「またね!」


尾ひれがひらりと揺れる。
俺は笑って手を降り返した。

エメラルド色が水面下に沈んだと思うと、シルエットはまたたくまに遠ざかって行った。

アクア・シェルラインは、自らの世界へと帰って行ったのだ。



隣が空になった波止場の上では、波や鳥の音がやけに大きく響き、静寂が際立った。


俺は海に囲まれて、立ち尽くし、そのあとも少しの間だけ、雑然と海を見つめていた。


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