潮にのってきた彼女
俺は考えた。無理に、じゃない。

今、もうどうかしたらうっかり涙でも浮かびそうなこの状態で、話さずに曖昧な空気を漂わせ続けることの方ができなさそうだ。

もう一度確かめる。無理に、じゃない。アクアが、相手なら。


「左利き、だった」


ぽつりと独り言のように呟いた。


「うん」


アクアは小さく相づちをうった。


「俺、前の学校で、野球部だったんだ」

「うん」

「結構な進学校だったけど、野球だけは力入れてた。俺が入ったのも推薦だったし」

「うん」

「1年でレギュラー。異例だって言われたよ。俺の成績は順調に伸びていった」

「うん」

「とにかく投げてばっかいたけど、監督からも普通ではありえないぐらい褒められるしさ、買いかぶりすぎだって思ってた」

「うん」

「でも夏、たくさん試合にも出させてもらって。うちの学校、甲子園も見えてたんだ」

「うん」


甲子園なんてアクアが知るはずもなかったけれど、そんな様子アクアはおくびにも出さなかった。


「そんな中で周りの期待は膨らんで、俺はそれに応えようと必死だった。自分が見えなくて、限度も見失って。気づいたら……」


右手に力を込めた。


「壊れてた。左肩。もう、投げられないって言われて、絶望した」


言い終えると、力が抜けた。震えはおさまっていた。

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