潮にのってきた彼女
甲子園どころか、野球だって推薦だってレギュラーだって、恐らくはアクアの知らない単語。

わけわからない話を、アクアは一言も口をはさまず聞いてくれた。


「……ごめん」

「野球って言葉はわからないけど」


アクアの口調は至って普通だった。


「伝えたかったことは、なんとなくわかったと思う。辛い思い、吐き出せたならそれでいいわ。悩みって、ひとに話せば軽くなるよ。だから、わたしでよければ相手になるね」


こともなげに、アクアは言う。
それが当然だと言わんばかりに。


「うん……。ありがとう」

「しょうご、お礼言ってばっかり」


でも、それだけしか言えなかった。


「野球はスポーツだよ。人気の高い球技」

「そうなの。野球、大好きなのね」

「4ヶ月前この島に来た原因も野球。野球ができなくなって――俺は、この島に来た」


肩の故障。野球を続けることは不可能。

俺は周りの期待を裏切った。

もちろん誰1人として俺を責めたりはしなかったし、他にも道はあると励まされるばかりだった。

でも俺は、野球部のある学校に通うことすら辛いと感じるようになった。

逃げるように家へ帰る放課後、グラウンドの歓声や白いユニフォームを着て走る集団に、俺は耐えることができなかった。
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