潮にのってきた彼女
「どうしたんだ……?」


静かに受話器を置く。
正直に、朔乃が一緒だとわかった途端断られた、などとは言えるはずもない。


「……何か、無理だって。また今度ってさ」


なんだ、と朔弥はため息をついた。うまくいったと思ったのにな、と。その時朔乃が「すいか」と言って立ち上がって部屋を出て行き、朔弥も「ああ」とそれに続いた。


曖昧で明瞭としない空気の中に、俺と慧が取り残された。


「翔瑚」


慧は立ち上がった。縁側に出て足を投げ出し、振り返る。


「ほっとしてるだろ」


慧の言葉は答えを必要としていないのかと思うほど、確信的だった。

俺は沈黙で応え、慧の隣に腰をおろした。


「情けない、とか思ってるだろ」


思ってるよ。


「でも、やれることはやった、みたいな気もあるだろ」


たしかにあるよ。


「つーか」


慧は背を丸めた。


「今の翔瑚、夏帆ちゃんも、他のひとも、あんまり見えてない」


そう、かもしれない。



朔弥と朔乃の運んで来た真っ赤なすいかをシャクリとかじった。

水っぽい甘さは広がったかと思うと同時に消えた。
舌の上には水分を失った繊維質が残る。


涼しい風が、素肌を素通りして行った。





< 80 / 216 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop