潮にのってきた彼女
「不思議よね。わたしたちは人間の世界を知っているけれど、人間の大部分はわたしたちの存在を、物語の中でしか知らないわ」

「……俺は、幸運なんだな」


思ったそのままを呟くと、アクアは嬉しそうに微笑んだ。

何百、何千、何万分の1の確率なのだろう。
俺が、数少ない、海の世界を知る人間になれたということは。


改めて、すごいと思う。あの日の何がそうしたんだったろう。

海に落ちたのは、サンダルが風にさらわれたから。
サンダルを脱いだのは、小石が刺さったから。
小石のある大岩に登ったのは、持て余す時間を、海と潮風たちに誘われたから。

結局俺は、海に呼ばれたのかもしれない。


「わたしが呼んだのよ」

「え?」


見透かされたかのようなタイミングだった。


「岩の上に、翔瑚が見えた。協力してもらう人間を探していた時にね。それから海に落ちるのが見えて、砂浜に引き上げて見たら、優しそうなひとだった」

「そっか。アクアに落とされたのか」

「落としてないよー!」


笑い合っていると、目が合った。瑠璃色の中に俺が映って、一瞬どきっとした。
黒いまつげがまばたきを落とす。
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