潮にのってきた彼女
電話をしてから1週間ほど経った日、夏帆から連絡があった。


「……明日?」

「うん、明日。前言ったひいらぎ岬。行かない?」


結構急な誘いだった。しかも、割と強引な。
電話線を通った夏帆の声には、いつもの甘えた感じがまるでなかった。


「いいけど」

「よかった。じゃああたし、翔瑚の家の前の砂浜で待ってるから。3時にね」


そして、夏帆はまたも唐突に電話を切った。

つー、つー、と機械的で空虚な音を、俺はしばらく聞いていた。





「その子は何か重大なことを、翔瑚に言おうとしているのかもね」


俺が話した夏帆の様子に対するアクアの見解はこういったものだった。


「甘えた感じがなくなったってことは、1人の人間として対等に、話す心構えをしているのかも。本人が意識していない可能性もあるけど」


アクアに夏帆の話をするには、本当のところ結構な勇気が要った。

「彼女」みたいな特別な肩書きがアクアにはない。
アクアと自分の間にはない。

そんなことには随分前から気付いてはいたが、大したことではなかった。
そもそも住む世界が違うのだし、この世界の肩書きをアクアにつけようという方が筋の通らない話なのだ。


それでも夏帆の話をするのに、罪悪感に似た感情がつきまとうことは確かだった。

話さないという選択肢は選びたくなかったし、かえって隠し事をしているようだったから、全てを話した。

アクアは全てをまっすぐ受け止めて、冷静に自分の意見を述べた。
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