潮にのってきた彼女
「でも、明日来るなら、ずっと洞くつに隠れていなきゃね」

「水中ならわからないよ。いつも通り、顔さえ出さなければ」

「いいの。明日はひぐらしここで、碇を触って、真珠を見つめているわ」


アクアは自分の首元に手をやった。
何度も夕陽の中で見たそれは、朱色を吸っているかのようで、瞬間的に色づいて見えた。

朱色の真珠をアクアはいつも優しげに触っていた。愛しげに。不可を加えないように。


「でも、岬に来ても何もすることはないのに」


俺が言うと、アクアは不思議そうな顔を少し向けたのち、言った。


「人間も人魚も、女の子はみんな同じなのかもしれないわ」

「え?」


声を立てずに笑ったアクアは、ちょっと大人っぽく見えた。





『明日』の午後3時、俺は家の門を開けた。

砂浜を見下ろすと、夏帆はいた。言っていた通りに、夏帆は先に来て俺を待っていた。

砂浜に下りる階段の途中くらいで、夏帆は俺に気づいた。


「久しぶり」


いつか誰かに言ったような言葉を、俺は手始めに投げかけてみた。


「久しぶり。行こ。しばらく、砂の上を歩きたい」


言葉はあっさりと、何の装飾もなく投げ返された。
今まで聞いた夏帆の台詞の中で、一番軽くて手ごろな感じだった。

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