潮にのってきた彼女
「今日は、何も言わないでね」

「え?」

「言わないでね」


夏帆の横顔には、少しとぼけたような、しかし真面目な、ちょっと微笑んだ感じの表情が浮かんでいた。

その表情から、『何も』の中に含まれているのは、たぶん、そういうことなんだろう、と思った。言葉を発するな、というわけではなく。


「海、行くから。この前誘ってくれたでしょ? 海、っていうか、先輩たちと、翔瑚と一緒に、遊びに。あの時はごめん。また誘って」

「……わかった」


夏帆はまた微笑んだ。
哀しげな笑みだと俺にもわかった。

ゆっくりと俺から目を逸らし、なびいた髪を耳にかけた。


「ごめん」


自然に言葉が口をついて出た。

夏帆は聞こえていないのか、顔を上げて太陽の位置を確認し、「順調に沈んでる」と言った。

それからまた、手ごろな言葉のキャッチボールを始めるべく、口を開いた。
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