シンデレラを捕まえて
「栗原さんだって、横にキレイな彼女がいるじゃないですか。しかも結婚するんでしょ? 俺と同じじゃないですかー。大目に見て下さいよ」


ぐ、と比呂が息を呑んだのが分かった。しかしそろそろ、怒りは限界に来たようだ。元々、気の長い人じゃないのだ。


「馬鹿じゃねえの!? 付き合ってらんねえ!」


ガンッと激しい音がした。比呂が椅子か何かを蹴ったのだろう。


「帰ろうぜ、薫子」

「え、あ? ちょ、痛いよ、比呂」


ガタリと音がしたのを聞く。薫子さんの腕を引いて立たせたようだ。

薫子さんは多分、この状況についていけていない。さっきから声一つ聞こえなかったから。

当然だろうな。私を責めるために言いだしたのに、全く違った方向に流れて行ってしまっている。みんなすっかり、薫子さんと比呂の結婚話の事なんて忘れてしまっている。
私だって、どうしてこうなったのかと思っている。ただ薫子さんより意識がはっきりしているのは、「みんなの前でみっともない姿を晒したくない」という一点があるからだ。


「いくぞ、薫子」

「あ、う、うん」

二人が帰り支度をする気配がする。

きっと、比呂とはもうこれきりだろう。明日から、いや今この時点で、私は比呂と終わってしまった。終わるも何も、私と比呂は始めから何も始まっていなかったのかもしれないけれど。
でも、もうこれで比呂とは、お終い。


「あ……」


思わず、穂波くんの体を押しのけ、比呂の姿を目で追った。
薫子さんの腕を掴んだ比呂が、出入り口のドアのところに向かっているところだった。
と、くるりと比呂が振り返る。私と目が合うと、比呂はぐにゃりと顔を歪ませた。


「……っ」


今まで、そんな嫌悪に満ちた表情を向けられたことが無かった。さあ、と血の気が引いていく。
何か言おうとしたのか、口を開きかけた比呂だったが、舌打ち一つだけ残して、荒々しく店を出て行った。


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