シンデレラを捕まえて
ギシ、ギシ、と扉が揺れる。
私はそれをただ見つめるしかできなかった。
……これで、終わっちゃった。何もかも。
俯くと、ぽん、と背中を軽く叩かれた。その手のひらは私の背中を労るようにそっと撫でる。
見上げると、穂波くんが私を見下ろしていた。
「美羽さん、ごめんね」
ぽつんと声が落ちてくる。
そのごめんは、何に対してだろう。
私との嘘の関係を公表したこと?
私にキスしたこと? 比呂を怒らせたこと?
こんな終わり方のきっかけをつくったこと?
首を、ゆっくり横に振った。どれであっても、いい。
「ありがとう」
小さな声で伝えた。彼のお蔭で、この場から可哀想な高梨美羽は消えた。それだけは本当にありがたかった。
穂波くんは「そう言ってくれると、少しだけ罪悪感消える」とさっきと全く違う頼りない声で言い、ぎこちなく笑った。
「び、っくりしたぁ……」
一拍置いて、気の抜けた声がした。多分、エステサロン部の木部さんの声だ。静まり返った店内に、彼女の特徴的な甲高い声はとてもよく響いた。
「何この展開。ありえなくないー? 薫子の言ってたことと全然違……」
「あー! え、えーっと! な、なにも栗原くんたち、帰らなくても、ねえ」
木部さんの声を遮るように、椋田さんがあはは、と空っぽな笑い声を上げる。
居心地の悪い空気が店内に満ちた。
「と、とりあえずほら、みんな食べよ、飲も! ね!」
「あー、う、ん」
ちらちらと私に視線が向けられる。
「穂波!」
カウンターの方から、耳に心地よいバリトンの声がした。見れば、背の高い三十半ばの男性が立っていた。肩に付く程度の黒髪を後ろで一纏めにし、黒縁の眼鏡をかけている。浅黒い肌に穏やかな笑みを張り付けた大人の男といった雰囲気のこの人は、GIRASOLのオーナーであるセシルさんだ。
さっきまでは気配一つ感じさせなかったセシルさんは、くすくすと笑いながら近づいてきて、穂波くんの頭を軽く小突いた。
「仕事しろ、エロスタッフ」
「あー、ごめん、セシルさん」
穂波くんからみんなのほうへ視線を流して、セシルさんは頭を下げた。
「すみません、みなさん。こいつ、美羽さんを落とせてすごく浮かれちゃってるんですよ。場を乱したお詫びといってはなんですが、料理出させてもらいます」
それと同時に他のスタッフの子がどんどんお皿を運んでくる。
海老のアヒージョにトルティーヤ、生ハムとモッツァレラのピンチョスにピンチョ・モルノ。お詫びの割には豪華すぎるんですが。
「こんなにしてもらったら、申し訳ないわ」
椋田さんが慌てて言うと、セシルさんが鷹揚に笑った。
「美羽さんと穂波へのお祝いも兼ねてますから」
セシルさんのレンズの奥の瞳と、私の瞳が交わる。セシルさんは私を安心させるように、にっこり笑って頷いた。言わなくても分かっている、と言う風に。
私はそれをただ見つめるしかできなかった。
……これで、終わっちゃった。何もかも。
俯くと、ぽん、と背中を軽く叩かれた。その手のひらは私の背中を労るようにそっと撫でる。
見上げると、穂波くんが私を見下ろしていた。
「美羽さん、ごめんね」
ぽつんと声が落ちてくる。
そのごめんは、何に対してだろう。
私との嘘の関係を公表したこと?
私にキスしたこと? 比呂を怒らせたこと?
こんな終わり方のきっかけをつくったこと?
首を、ゆっくり横に振った。どれであっても、いい。
「ありがとう」
小さな声で伝えた。彼のお蔭で、この場から可哀想な高梨美羽は消えた。それだけは本当にありがたかった。
穂波くんは「そう言ってくれると、少しだけ罪悪感消える」とさっきと全く違う頼りない声で言い、ぎこちなく笑った。
「び、っくりしたぁ……」
一拍置いて、気の抜けた声がした。多分、エステサロン部の木部さんの声だ。静まり返った店内に、彼女の特徴的な甲高い声はとてもよく響いた。
「何この展開。ありえなくないー? 薫子の言ってたことと全然違……」
「あー! え、えーっと! な、なにも栗原くんたち、帰らなくても、ねえ」
木部さんの声を遮るように、椋田さんがあはは、と空っぽな笑い声を上げる。
居心地の悪い空気が店内に満ちた。
「と、とりあえずほら、みんな食べよ、飲も! ね!」
「あー、う、ん」
ちらちらと私に視線が向けられる。
「穂波!」
カウンターの方から、耳に心地よいバリトンの声がした。見れば、背の高い三十半ばの男性が立っていた。肩に付く程度の黒髪を後ろで一纏めにし、黒縁の眼鏡をかけている。浅黒い肌に穏やかな笑みを張り付けた大人の男といった雰囲気のこの人は、GIRASOLのオーナーであるセシルさんだ。
さっきまでは気配一つ感じさせなかったセシルさんは、くすくすと笑いながら近づいてきて、穂波くんの頭を軽く小突いた。
「仕事しろ、エロスタッフ」
「あー、ごめん、セシルさん」
穂波くんからみんなのほうへ視線を流して、セシルさんは頭を下げた。
「すみません、みなさん。こいつ、美羽さんを落とせてすごく浮かれちゃってるんですよ。場を乱したお詫びといってはなんですが、料理出させてもらいます」
それと同時に他のスタッフの子がどんどんお皿を運んでくる。
海老のアヒージョにトルティーヤ、生ハムとモッツァレラのピンチョスにピンチョ・モルノ。お詫びの割には豪華すぎるんですが。
「こんなにしてもらったら、申し訳ないわ」
椋田さんが慌てて言うと、セシルさんが鷹揚に笑った。
「美羽さんと穂波へのお祝いも兼ねてますから」
セシルさんのレンズの奥の瞳と、私の瞳が交わる。セシルさんは私を安心させるように、にっこり笑って頷いた。言わなくても分かっている、と言う風に。