シンデレラを捕まえて
それから、穂波くんは再び忙しくなったらしく、また、夜の電話だけが繋がりになってしまった。


『ごめんね、大塚センセの知り合いなもんだから、断れなくって。なるべく早く終わらせるから』

「ううん、仕事だから仕方ないよ。頑張ってね」

『ホント、ごめん』


藤代さんの仕事と大塚さんの知り合いからの依頼で、穂波くんは前と同じ、それ以上に忙しくなってしまったらしい。
この電話も、作業の合間にようやく見つけてくれた時間なのだ。それを思えば、会いたいとか寂しいとか言うことは憚られた。
我儘を言って困らせたくない。

意識して声を明るくして、言った。


「こんな時間まで作業してるんだから、疲れてるでしょ? 休憩とれるときはちゃんととってね」

『ん。大丈夫』

『穂波さーん、これどうするのー?』


電話の向こうからした声は、女の子のものだった。
……え?


『っ! あー、と。じゃあ作業に戻るね。おやすみ!』

「あ、ほ、穂波く」


穂波くんは急に狼狽えたような声をあげ、私の言葉を最後まで聞くことなく電話を切った。


「今の、って……」


小さかったけれど、その声には聞き覚えがあった。多分あの声は。


「優真さん」


そう、彼女の声だった。

優真さんは建築科の生徒だって言っていたし、家具製作会社に内定しているとも言っていた。
仕事のお手伝いに呼んだ、とか? うん、余りに忙しくて、人手が欲しかったのかもしれない。彼女だって、バイトで使ってくれって言ってたじゃない。

でも。

壁掛け時計を見上げる。十一時を回っていた。こんな時間まで、一緒にいるの?
それに、どうして穂波くんはあんなに急いで電話を切ったの? まるで、彼女が一緒にいることを私に知られたくないようだった。

胸の中にぞわりと不安のようなものが広がっていく。
嫌な想像ばかりが膨らんで、苦しくなる。


「穂波の、ばか……」


胸を抑えたまま、ベッドに転がった。胸内がうるさすぎて、今晩は眠れそうになかった。


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