シンデレラを捕まえて


 週末、工房の見学に行っていいかと訊いたら穂波くんは言葉を濁した。


『あー、と。いや、美羽さんが来てもちょっと構ってあげられそうにないって言うか、うん』

「そ、っか」


明らかに拒否されているのを感じる。どうして? そんな言葉を吐き出しそうになり、でも舌に乗せることは出来なかった。


『ごめん、もう少しだけ待っててくれる?』

「忙しい、んだね」


藤代さんのご依頼は全て終わり、穂波くんの仕事は今後のメンテナンスのみと、社長から聞いていた。大塚さんのご縁のお仕事も、最初の話ではそんなに時間が掛からないと言うことだったのに。


『もうちょっとだから。ごめんね』

「……ん」


曖昧に頷いたあとは、言葉が出てこない。唇を噛んだまま黙りこくってしまう。
電話口の穂波くんが、小さく「困ったな」と呟いたのが聞こえた。


「あ、と。仕事の邪魔だよね。ごめんね、お仕事頑張ってね。おやすみ」

『あ、美羽さ』


通話を切って、携帯を床に放った。ラグの上にぽすんと転がったそれから視線を逸らす。
大きなため息をつく。もう、こんな重たい息を吐くのは何度目だろう。

仕事が忙しい。それ以外にも会えない理由があるのは、もう疑いようがないと思う。
穂波くんと、どんどん距離が離れていっている。一緒に海を見に行ったあの日はあんなにも近くに感じられたのに。


「どうして……?」


理由が知りたい。もう、私のことなんてどうでもよくなっちゃった?
それとも、穂波くんも比呂みたいに……?


「って! そう言うのは考えちゃダメだ!」


絶対にあって欲しくない想像を慌てて打ち消す。ぶんぶんと頭を振って、嫌なイメージを霧散させた。
天井をぼんやり眺める。どれだけ時間が過ぎても、心が落ち着くことは無かった。

その週末の日曜日の朝、私は△△駅の駅舎の前にいた。
いくら考えても、心が晴れることはない。穂波くんに直接会って話をするしかないと思ったのだ。


< 118 / 128 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop