シンデレラを捕まえて
仕事の邪魔をすることには、申し訳なさを感じる。けれど、こんな状態がこれ以上続くのには、耐えられなかった。
朝の、鉋研ぎの時間の後なら少しくらい時間が取れるかもしれない。そんな期待をしてきたわけだけれど……。

重たい足取りで、工房まで向かった。
工房の扉や窓は開け放たれていた。穂波くんが起き出して、作業しているようだ。耳を澄ませば、聞き慣れた音がする。
緊張でドキドキと鼓動を早める胸に手を置いて、私はそっと工房の中を覗いた。

シュ、シュ、と規則的な音が響く。窓辺のテーブルで作業している穂波くん、を想像していた私は、目の前の光景に息を呑んだ。

そこには、鉋研ぎをしている優真さんと、その様子を見つめている穂波くんがいたのだ。
真剣そうに刃を砥石に滑らせる優真さんの隣に立つ穂波くん。優真さんの手から研いだ刃を受取り、翳してみる。じっと見つめる瞳は、長い時間をかけたのち、ふにゃりと柔らかく崩れた。


「なかなか! やるじゃん、優真!」


ぐりぐりと乱暴に頭を撫でる。髪をくしゃくしゃにされた優真さんは嬉しそうに目を細めた。


「そりゃ、毎日こればっかりやってたら上手くなるって。でも、褒めてもらえたのは素直に喜んじゃう。穂波さん褒められたの、今日が初めてだもん」

「おう、喜べ!」

「よし、次の鉋掛けもやってみる!」

「がんばれ。ちゃんと手元に意識持って行くように気をつけろ」

「うん!」


そっと後ずさりした私は、そのまま、工房を後にした。
あまりにも二人が仲よさ気で、二人の空気に入っていけなくて、気後れしてしまったのだ。
来た道を、とぼとぼと歩く。行きの時よりも、足が重たかった。
何しているんだろう、私。声、かければよかったじゃない。でも、何て言えばよかった? 言えるわけ、ないよ。

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