シンデレラを捕まえて
どうなってるの? なんでセシルさんまでもが穂波くんの咄嗟の嘘にのっかってくれてるの?
驚いて立ち尽くしていると、穂波くんが私の顔をひょいと覗き込んだ。
「美羽さんの好きな牡蠣のオイル煮もあるよ。ほら、食べなよ」
「あ、えと。でも」
「心配しなくていいよ。俺のバイト代からこのお金引いてもらう。俺のせいで雰囲気悪くしちゃったもんね」
「だ、だめだよ、私が払う」
「美羽さんが払ったらおかしいって。俺が暴走したお詫びだもん」
にこ、と穂波くんが笑う。
「ぼ、暴走って言っても、そんな」
「それより座りなよ。ほら」
穂波くんに促されるように椅子に座らされる。
「ビール飲んでさ、とりあえず一息つこう。あ、こっちにジョッキ一つ頂戴」
横を通るスタッフの子からジョッキを一つ受け取って、穂波くんは私に手渡した。
「喉、乾いたでしょ。飲んで」
「あ……。う、ん」
こく、と一口嚥下する。確かに喉はカラカラに乾いていたらしい。潤うのが分かった。そのまま半分ほど飲むと、「美羽さんさすがー」と穂波くんが笑った。
ジョッキを置いて、肩で息をつく。対角線上にある、空席二つに視線を流した。
あの空気をどうにか逃れられたけど、何も解決してはいない。どんな嘘を重ねても、事実私は比呂に二股をかけられていて、そしてそれをついさっき知り、『捨てられた』。
場をやりすごした、それだけで私の中では納得できていない。消化どころか、飲み込めてすらいない。
私はこんなところで何をしてるんだろう。
「美羽さん? どうかした?」
穂波くんの声にはっとして、横に立つ彼を見上げる。
心配そうに眉根を寄せているその顔には「大丈夫?」という言葉がはっきり表れている。
この人も、一体何なんだろう。
どうして私にあんなことをしたの? どうして庇ってくれたの?
頭は混乱するばかりだった。
しかし、ボンヌのみんなは穂波くんとセシルさんの言葉をすっかり鵜呑みにしてしまったようだ。さっきまでの微妙な空気はどこへ消え去ってしまったのか、楽しそうにジョッキやグラスを酌み交わし始めていた。
「いつ結婚の予定なの、美羽ちゃん。式は挙げるの?」
「穂波くんってさあ、ここの社員さん?」
「こんなイケメンをこっそり捕まえてたなんて、美羽ちゃんずるーい」
僅か十分前には知らないふりをしていた人たちが、興味ありげに訊いてくる。笑顔一つ作れないでいる私を、『照れている』と判断している。
なにこれ、なんなの。
私って、そんなに『軽く扱っていい』人間な訳?
乾杯を求められながら、私はどんどん冷えていく感情のやり場を探していた。
雑用係ではあったけれど、直接的な利益は生み出してなかったけれど、それでも私は仕事を頑張ってきた。みんなのサポートが出来るよう、できることはやってきた。
「ねえねえ、美羽ちゃんってば。穂波くんとの話、教えてよー」
木部さんが私の持っていたジョッキにワイングラスをカチンとぶつけて訊いてきた。
すっと流れるような目じりがキレイな木部さんの目の周りは、お酒のせいかほんのり赤らんでいた。
そんな彼女を見ながら、私はジョッキの中身を一気に飲み干した。
ジョッキを置き、ぷは、と息をつくと、「おっと美羽ちゃん、これから語ってくれるのかなー?」と木部さんがぱちぱちと手を叩いて笑った。
「……、ですか?」
「ん? なになに?」
「聞いてどうするんですか? 今度はその噂でもするんですか?」
木部さんの笑顔が固まった。
「するつもりなんでしょう?」
見渡して訊く。みんな、唖然とした顔で私を見ていた。誰も返事をしなかったけれど、答えなんて聞かなくても分かる。
バッグと上着を掴んで、立ち上がった。
「今日はこんな会を開いて頂いて、ありがとうございました。気分が悪くなったので、すみませんが失礼させてもらいます」
深々と頭を下げてから、席を離れた。
「美羽ちゃん!」
背中に声がかかるけれど、私はそれに振り返ることなく、店を後にした。
驚いて立ち尽くしていると、穂波くんが私の顔をひょいと覗き込んだ。
「美羽さんの好きな牡蠣のオイル煮もあるよ。ほら、食べなよ」
「あ、えと。でも」
「心配しなくていいよ。俺のバイト代からこのお金引いてもらう。俺のせいで雰囲気悪くしちゃったもんね」
「だ、だめだよ、私が払う」
「美羽さんが払ったらおかしいって。俺が暴走したお詫びだもん」
にこ、と穂波くんが笑う。
「ぼ、暴走って言っても、そんな」
「それより座りなよ。ほら」
穂波くんに促されるように椅子に座らされる。
「ビール飲んでさ、とりあえず一息つこう。あ、こっちにジョッキ一つ頂戴」
横を通るスタッフの子からジョッキを一つ受け取って、穂波くんは私に手渡した。
「喉、乾いたでしょ。飲んで」
「あ……。う、ん」
こく、と一口嚥下する。確かに喉はカラカラに乾いていたらしい。潤うのが分かった。そのまま半分ほど飲むと、「美羽さんさすがー」と穂波くんが笑った。
ジョッキを置いて、肩で息をつく。対角線上にある、空席二つに視線を流した。
あの空気をどうにか逃れられたけど、何も解決してはいない。どんな嘘を重ねても、事実私は比呂に二股をかけられていて、そしてそれをついさっき知り、『捨てられた』。
場をやりすごした、それだけで私の中では納得できていない。消化どころか、飲み込めてすらいない。
私はこんなところで何をしてるんだろう。
「美羽さん? どうかした?」
穂波くんの声にはっとして、横に立つ彼を見上げる。
心配そうに眉根を寄せているその顔には「大丈夫?」という言葉がはっきり表れている。
この人も、一体何なんだろう。
どうして私にあんなことをしたの? どうして庇ってくれたの?
頭は混乱するばかりだった。
しかし、ボンヌのみんなは穂波くんとセシルさんの言葉をすっかり鵜呑みにしてしまったようだ。さっきまでの微妙な空気はどこへ消え去ってしまったのか、楽しそうにジョッキやグラスを酌み交わし始めていた。
「いつ結婚の予定なの、美羽ちゃん。式は挙げるの?」
「穂波くんってさあ、ここの社員さん?」
「こんなイケメンをこっそり捕まえてたなんて、美羽ちゃんずるーい」
僅か十分前には知らないふりをしていた人たちが、興味ありげに訊いてくる。笑顔一つ作れないでいる私を、『照れている』と判断している。
なにこれ、なんなの。
私って、そんなに『軽く扱っていい』人間な訳?
乾杯を求められながら、私はどんどん冷えていく感情のやり場を探していた。
雑用係ではあったけれど、直接的な利益は生み出してなかったけれど、それでも私は仕事を頑張ってきた。みんなのサポートが出来るよう、できることはやってきた。
「ねえねえ、美羽ちゃんってば。穂波くんとの話、教えてよー」
木部さんが私の持っていたジョッキにワイングラスをカチンとぶつけて訊いてきた。
すっと流れるような目じりがキレイな木部さんの目の周りは、お酒のせいかほんのり赤らんでいた。
そんな彼女を見ながら、私はジョッキの中身を一気に飲み干した。
ジョッキを置き、ぷは、と息をつくと、「おっと美羽ちゃん、これから語ってくれるのかなー?」と木部さんがぱちぱちと手を叩いて笑った。
「……、ですか?」
「ん? なになに?」
「聞いてどうするんですか? 今度はその噂でもするんですか?」
木部さんの笑顔が固まった。
「するつもりなんでしょう?」
見渡して訊く。みんな、唖然とした顔で私を見ていた。誰も返事をしなかったけれど、答えなんて聞かなくても分かる。
バッグと上着を掴んで、立ち上がった。
「今日はこんな会を開いて頂いて、ありがとうございました。気分が悪くなったので、すみませんが失礼させてもらいます」
深々と頭を下げてから、席を離れた。
「美羽ちゃん!」
背中に声がかかるけれど、私はそれに振り返ることなく、店を後にした。