シンデレラを捕まえて
一年半の時が過ぎた。
一陣の風が吹くと、薄桃色の吹雪が舞った。満開だった桜が、鮮やかに散り始めたのだ。窓の向こうの景色に見惚れていた私は、大きなため息を零した。
「景気悪いことすんなよ、美羽。なんだ、後悔してんのか?」
「む、違います。綺麗だなあっていう感動のため息です」
「そうかよ。つーか、鏡見てろ。ヘアセットのバランス、悪くなるだろうが」
「あ、はいはい」
顔を正面に向ける。大きな鏡に、自分が映し出された。いつもよりも濃い目のルージュを引いた顔に違和感を覚える。
「ねえ、口紅濃くない?」
「花嫁が貧相なツラしてどうするんだよ。これくらいでいいの」
鏡越しに視線を合わせたのは、比呂だ。黒髪を伸ばした比呂は、それを後ろで一つに結んでいた。最近伸ばし始めたという顎髭と相まって、すごく渋く見える。貫禄が付いたね、と言ったら「総合チーフだからな!」と嬉しそうに笑ったのはついさっきの話だ。
比呂がコテを使ってふわふわに巻かれた髪を器用にアップにしていく。白い花のコサージュをいくつも刺すと、急に華やかな印象になった。
「ほらな? ここまでセットしたら口紅がしっくり収まるだろ?」
「わあ、すごい、さすが」
「もっと褒めろ」
比呂とくすくす笑いながら話していると、コンコンと扉をノックする音がした。「どうぞ」と言えば、顔を覗かせたのは幸恵さんと巧さんだった。
「支度できたー? ってあら! すっごく可愛いじゃない、美羽ちゃん!」
「おー、女性は変わるねえ」
「幸恵さん! 巧さん! あの、今日はよろしくお願い致します。それと、すっごく素敵なリングピローをありがとうございました!」
お二人から、白薔薇で飾られたリングピローを頂いていたのだ。巧さんが編んだというレースもふんだんに使われていて、どれだけ見ていても飽きないくらい綺麗だ。
今日の式にあたって、お二人には随分お世話になった。それだけでも申し訳ないのに、あんなプレゼントまで頂けるなんて。
「喜んでもらえて何よりよ。それに、頼ってもらえてすごく嬉しいの。ね、巧くん」
「ああ。あいつは俺にとっちゃ弟みたいなもんだ。出来ることなら何でもするさ」
巧さんは感極まったらしく、目を真っ赤にさせて鼻を啜った。
「美羽ちゃん、あいつを頼むな。本当に、お願いします」
「……こちらこそ、これからよろしくお願いします」
頭を下げる。と、幸恵さんがバッグの中から何かを取り出して私に差し出してくれた。
「そうそう、頼まれてたサムシングブルーなんだけど」
「あ! ありがとうございます!」
幸恵さんに頼んでいたのだ。白いガーターベルトはもう身に着けているので、そこに幸恵さんから貰うリボンを結ぶつもりだった。
「実は、私からじゃないの。いい、かな?」
「え?」
幸恵さんは小さな紙袋を私にくれた。訝しく思いながら、開けてみる、中からころりと現れたのは、青いリボンだった。しかし、中央に金縁の小さなブローチが留められている。海の色を落としこんだような青い中に白薔薇が沈んでおり、金色の小さな星ふたつ寄り添うように並んでいる綺麗なレジン細工。
「あ、これ……」
幸恵さんに視線を向ければ、笑って頷いた。
「あの子から」
家具製作会社でバリバリ働いているという彼女の、綺麗な横顔を思い出した。
「どうかしら、受け取ってもらえる?」
「……はい、もちろん。着けさせて頂きます」
ありがとう、と呟いてブローチを胸に押し頂いた。
またもや、扉がノックされる。次に入って来たのは、セシルさんだった。
「どもー。おお、美羽ちゃん綺麗!」
「えへへ、ありがとうございます」
「いいなあ、あいつ。先に口説いてたらよかった」
「お、美羽。モテてんじゃん」
「じゃあ美羽ちゃん、またあとで来るわね」
「あ、はい! ありがとうございます!」
セシルさんと入れ替わるように松浦夫妻が出て行く。三人でひとしきり話していたら、今度は紗瑛さんと社長がやって来て、社長はセシルさんと連れ立って出て行った。
一陣の風が吹くと、薄桃色の吹雪が舞った。満開だった桜が、鮮やかに散り始めたのだ。窓の向こうの景色に見惚れていた私は、大きなため息を零した。
「景気悪いことすんなよ、美羽。なんだ、後悔してんのか?」
「む、違います。綺麗だなあっていう感動のため息です」
「そうかよ。つーか、鏡見てろ。ヘアセットのバランス、悪くなるだろうが」
「あ、はいはい」
顔を正面に向ける。大きな鏡に、自分が映し出された。いつもよりも濃い目のルージュを引いた顔に違和感を覚える。
「ねえ、口紅濃くない?」
「花嫁が貧相なツラしてどうするんだよ。これくらいでいいの」
鏡越しに視線を合わせたのは、比呂だ。黒髪を伸ばした比呂は、それを後ろで一つに結んでいた。最近伸ばし始めたという顎髭と相まって、すごく渋く見える。貫禄が付いたね、と言ったら「総合チーフだからな!」と嬉しそうに笑ったのはついさっきの話だ。
比呂がコテを使ってふわふわに巻かれた髪を器用にアップにしていく。白い花のコサージュをいくつも刺すと、急に華やかな印象になった。
「ほらな? ここまでセットしたら口紅がしっくり収まるだろ?」
「わあ、すごい、さすが」
「もっと褒めろ」
比呂とくすくす笑いながら話していると、コンコンと扉をノックする音がした。「どうぞ」と言えば、顔を覗かせたのは幸恵さんと巧さんだった。
「支度できたー? ってあら! すっごく可愛いじゃない、美羽ちゃん!」
「おー、女性は変わるねえ」
「幸恵さん! 巧さん! あの、今日はよろしくお願い致します。それと、すっごく素敵なリングピローをありがとうございました!」
お二人から、白薔薇で飾られたリングピローを頂いていたのだ。巧さんが編んだというレースもふんだんに使われていて、どれだけ見ていても飽きないくらい綺麗だ。
今日の式にあたって、お二人には随分お世話になった。それだけでも申し訳ないのに、あんなプレゼントまで頂けるなんて。
「喜んでもらえて何よりよ。それに、頼ってもらえてすごく嬉しいの。ね、巧くん」
「ああ。あいつは俺にとっちゃ弟みたいなもんだ。出来ることなら何でもするさ」
巧さんは感極まったらしく、目を真っ赤にさせて鼻を啜った。
「美羽ちゃん、あいつを頼むな。本当に、お願いします」
「……こちらこそ、これからよろしくお願いします」
頭を下げる。と、幸恵さんがバッグの中から何かを取り出して私に差し出してくれた。
「そうそう、頼まれてたサムシングブルーなんだけど」
「あ! ありがとうございます!」
幸恵さんに頼んでいたのだ。白いガーターベルトはもう身に着けているので、そこに幸恵さんから貰うリボンを結ぶつもりだった。
「実は、私からじゃないの。いい、かな?」
「え?」
幸恵さんは小さな紙袋を私にくれた。訝しく思いながら、開けてみる、中からころりと現れたのは、青いリボンだった。しかし、中央に金縁の小さなブローチが留められている。海の色を落としこんだような青い中に白薔薇が沈んでおり、金色の小さな星ふたつ寄り添うように並んでいる綺麗なレジン細工。
「あ、これ……」
幸恵さんに視線を向ければ、笑って頷いた。
「あの子から」
家具製作会社でバリバリ働いているという彼女の、綺麗な横顔を思い出した。
「どうかしら、受け取ってもらえる?」
「……はい、もちろん。着けさせて頂きます」
ありがとう、と呟いてブローチを胸に押し頂いた。
またもや、扉がノックされる。次に入って来たのは、セシルさんだった。
「どもー。おお、美羽ちゃん綺麗!」
「えへへ、ありがとうございます」
「いいなあ、あいつ。先に口説いてたらよかった」
「お、美羽。モテてんじゃん」
「じゃあ美羽ちゃん、またあとで来るわね」
「あ、はい! ありがとうございます!」
セシルさんと入れ替わるように松浦夫妻が出て行く。三人でひとしきり話していたら、今度は紗瑛さんと社長がやって来て、社長はセシルさんと連れ立って出て行った。