シンデレラを捕まえて
外は、さらさらと雨が降っていた。

もうすぐ梅雨入りと言う季節。
夕方から夜更けにかけて小雨が降るという予報は、当たっていた。私はその予報を信じて傘を持ってきていたけれど、その傘を店の中の傘立てに突っ込んだままだった。
あんな飛び出し方をしておいて、傘を取りに中に入るのも嫌だ。


「もう、いっか」


少しくらい濡れても構わない。大した雨じゃない。それに、気温が高いらしくそんなに寒くもない。

しっとり濡れたアスファルトに足を踏み出した。


髪に、肩に、柔らかな霧のような雨が降りかかる。
傘を差している人たちの間を縫うようにして、早足で歩いた。


気付けば世界は水に満たされていた。目に映るもの全てが水の膜に覆われている。色取りどりの傘たちがくるくると水の中で舞う。何度瞬きしても、水が世界を満たすのは変わらない。
私は水の底を歩いているんだ。だからほら、ふわふわとした足取りで、世界を進める。水の中でも、歩いて行ける。


「ふーわふわ、ふわ……うー……っ」


……口遊んだ他愛無いメロディが、すぐに嗚咽に変わった。声を洩らさないように口を押える。

さっきから自分が泣いていることくらい、分かっていた。
堪えても堪えても、涙は勝手に溢れて視界を潤ませた。涙は溢れ、頬を伝い、雫に姿を変えて顎先からぽたぽたと落ちた。

私は私の中にしかない水の世界に逃げ込んでいるだけだって、分かっている。

さっきのビールで酔った? それもあるかもしれない。だけどほんとの理由は、現実逃避。多分そんな言葉のやつだ、これは。

でも、現実を受け止めきれなかったら逃避するしかないじゃない。
信じてたもの何もかもが、私を必要としていなかったんだから。

私は大切なものを一息に無くしてしまった。


「うー……」


右手で口を押えて、左手はぎゅっとバッグを握りしめて、私は歩いた。

立ち止まったら、そこから動けない気がした。
座り込んで、泣いて、一歩も歩けなくなってしまう気がした。

ふらりと路地に入り込み、人通りの少ない道を選びながら歩く。誰の目も無かったら、どれだけ泣き顔を晒しても構わない。


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