シンデレラを捕まえて
どうにかどうにか足を動かしていると、ふいに背後から肩を掴まれた。


「美羽さん!」


次いで、名を呼ばれる。力任せに振り向かせられると、そこには息を切らした穂波くんがいた。


「よかった、いた……」


ぜいぜいと肩で息をして、穂波くんは私にへにゃりと笑いかけた。


「あっという間にいなくなるんだもん。焦った。ほら、傘」


置いてきたはずの私の傘を開いて、差し出してくる。私はそれをのろのろと受け取った。


「な、に……? どして、ここにいるの……?」

「絶対泣いてるって分かってんのに、追いかけないわけないでしょ」


ほら、と穂波くんは汗ばんだ両手で私の頬を挟んだ。ぐい、と擦られる。


「やっぱ泣いてた」

「穂波く……」


私を見下ろす彼はしっとり濡れていた。着ているジャケットも少し色を変えている。
見つめる黒い瞳は少し悲しそうに微笑んでいた。


「ていうかさ、連れ出してやろうと思って、帰り支度してたんだ。そしたら美羽さんはもう店出たって言うから慌てた。見つけられて良かった。一人で泣かせるの、やだ」


ぐい、とまたも頬を擦られる。


「ごめんな。栗原さんのこと好きだったのに、あんなことしちゃって。でも、見てられなかった」


新しい涙が湧きあがる。ふるふると首を横に振った。
あの時穂波くんがいなかったら、私は惨めな姿を晒すしかなかった。やり方には問題があったけれど、結果的に私は穂波くんに助けられた。


「好き……だったよ。仕事、辞めてくれって言われた時も……比呂と堂々と付き合えるならって、思って……」


穂波くんが、うん、と頷いた。
比呂のことが大好きだった。付き合ってきたこの一年、幸せだった。


「だけど、もう、どうしようも、ないね……」


比呂は薫子さんを選んだ。私の前から、いなくなってしまった。
去っていく背中を思い出すと胸が苦しくなって、泣き声を上げてしまいそうになる。きゅ、と唇に力を入れた。


「美羽さん……」


頬から穂波くんの手が離れたかと思ったら、その手は私の体に触れ、抱きしめてきた。
雨に濡れて冷えていた体が、すっぽりと温もりに包まれる。手にしていた傘がころころと転がっていった。


「穂波くん……離して」


今は、誰かの温かさを感じたくなかった。そっと体を押した。


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