シンデレラを捕まえて
「追ってきてくれてありがとう。みんな、信じてくれたと思う。でも、もういいから。放っておいて」

「いやだ。俺、美羽さんの婚約者だもん」

「もう、その嘘をつく必要はないよ」


するりと穂波くんの腕から抜け、一歩下がる。頭を下げた。


「さっきはありがとう。穂波くんの嘘に助けられた。じゃあ、ね」


離れようと踵を返そうとすると、腕を取られた。


「まだ嘘をつかせて、お願い」


ぐいと力任せに引かれ、体がよろりと傾ぐ。穂波くんは私の腰に手を回し、ぐいとバランスを崩した体を抱え上げた。
そして、そのまま唇を食べられた。
少し肉厚な唇が重なり、熱い舌が押し入ってくる。私の舌を吸い、噛む。


「ん……ぅん……っ」


頭の中が真っ白になる。必死に寄せられた体を押し返すけれど、筋肉質な胸元はびくりともしなかった。


「や、やめて……!」


唇が僅かに離れた瞬間声を振り絞れば、穂波くんが熱っぽく囁いた。


「お願い、まだ婚約者でいさせて。そうしたら、美羽さんを慰められる」


いつもは遠くにしか見たことが無かった黒い双眸が、物凄く近くにある。
揺れる瞳は真っ直ぐ私しか見つめていなくて、その奥には、熱情がちらついていた。今まで見たことのなかった、穂波くんの中の男の部分。背中がぞくりとした。


「こんな慰め方じゃなくても、いいでしょ……」

「こんな慰め方がしたい」


再び、唇が重ねられた。今度は啄むように、頬にも顎先にも額にも触れた。


「穂波くん……やめ、よ……?」

「やだ。やっと止まった涙、溢れさせたくない」


耳輪に触れた唇が、耳朶に降りた。つ、と舌が這い、私は思わず声を洩らした。


「だめ。やめて……」


馬鹿だ、私は。やめてとか言ってるくせに、どれだけ甘い声を出しちゃってるの。やわやわと押し返したって、男の人にとってはなんてことないって分かってるくせに。

だけど、心地いいと思ってしまう。与えられる抱擁が、言葉が私を包み込む。


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