シンデレラを捕まえて
付き合い始めのころの比呂は、とても優しかった。
仕事中もこまめに気にかけてくれて、私が元気のない時は誰よりも先に気が付いてくれた。困っていたらそれとなくフォローを入れてくれたし、ちょっとしたことでも私の仕事を褒めてくれた。
少しでも時間が取れたら会いに来てくれたし、私の喜ぶ言葉を沢山くれた。

毎日が楽しくて、キラキラしてて、幸せだなあっていつも思っていた。

だけどその果ては、悲しみや涙しかなかったね。

気付けば、穂波くんの腕の中で感じていた幸福感が消え失せていた。
温もりまでなくなって、裸の体を寒いと思う。

沈んだ気持ちを振り払おうと頭を振る。携帯をバッグに押し込もうと身を屈めた時、しゃらりと首元で揺れる音がした。
はっとしてそれに触れる。花の中心のシルバーがやけにひんやり感じられた。


『これを買って、まだ付けてくれてる。それだけで、美羽さんは俺の特別だよ』


このネックレスがあったから、穂波くんは私を見つけてくれた。特別だって言ってくれた。

じゃあ、これがなかったら?
穂波くんは私を気にすることはなかったかもしれない。たまたまバルにやって来た客、その程度の認識で、そのまま終わってしまったかもしれない。

彼の中での私の価値は、このペンダントトップ分だけなんじゃ、ないの?

思い至って、ぞくりとした。
仕事を大切にしている穂波くんの、大切な思い出の品。私が今与えられているのは、その仕事に対する情熱ではないの?

穂波くんがそこに気が付いたら、彼はきっと、私から離れて行く。
彼が欲しいのが思い出を身に着けている女だったら、高梨美羽じゃなくてもいいんだもの。思い出のネックレスを飾るだけのマネキンを、長く大切にしてくれるはずない。

穂波くんが、私から離れていく。

比呂のメールで別れの辛さを思い出した私には、まだ仮定であったとしても耐えられない話だった。ついさっき確認したばかりの自分の想いが、胸を締め付ける。
冷えてゆくばかりの体。のろのろと服を拾い上げて身に着けた。
ベッドに戻る気にはなれなかった。自分の導き出した答えが、心を押しつぶそうとしていた。

『帰ります。お互い、少し頭を冷やしたほうがいいように思います。私の事はしばらく放っておいて下さい。ごめんなさい』

考え考え、どうにかそれだけをメモ用紙に書き、テーブルに置いた。まだ起きそうにない寝顔を少しだけ見つめてから、そっと部屋を後にした。


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