シンデレラを捕まえて
藤代さんはとても喜んでくださった。

メールを確認後、わざわざご夫婦で事務所まで品を見に来て下さり、帰っていなかった穂波くんと楽しそうに会話をしていた。


「後はキッチンだなー。こんなデザインで行こうと思うんだけど、今度現場に一緒に行ってくれるか」

「いいよ。明日でもいいけど、俺」


藤代ご夫妻がお帰りになった後、穂波くんと社長は応接スペースで打ち合わせの続きを始めた。

穂波くんの声を聴きながら仕事をする。真剣そうな声音も、時折混じる笑い声も、私の耳に心地いい。気付けば、パーテーションの向こうの気配を、全身で感じようと神経を張っていた。

キーボードの上に置いた両手は全然動いていなかった。さっきから動いていないカーソルを見て苦笑する、
馬鹿だなあ、私。こんなに好きになっちゃってるんだ。
離れられるのが怖くて自分から逃げ出したっていうのに、ほんと、馬鹿。


「ただいまー」

のんびりとした声にはっとしてドアに顔を向ける。タオルを首にかけた安達さんが汗を拭き拭き、中に入ってくるところだった。


「あっつー。こんな日に外観チェックって、ないわー。ないない」

「お疲れ様でした!」

「ただいまー、高梨さん。お土産だよー」


安達さんが掲げて見せたのは、とあるスイーツ店のペーパーボックスだった。


「も、もしかして」

「クレマカタラーナ」

「わー、やったぁ」


パリパリのカラメルと、とろとろのカスタードが最高に美味しい、私の一番のお気に入りのお菓子だ。


「まだ冷たいから、早くお食べー」

「ありがとうございます!」


ボックスを有難く頂いた。


「安達くん、美羽ちゃんには優しいわよねえ。この間は翡翠堂の梅ゼリーをあげてたでしょ」


紗瑛さんが言うと、安達さんは「そうですねえ」と頷いた。


「高梨さんってこういうときすごくにこにこ笑うから、餌付けしてる気分になるんですよねえ」

「ええー、ひどい。でもお菓子は嬉しいので貰います! 紗瑛さんも召し上がりますよね?」

「うん、ちょーだーい」


へら、と紗瑛さんが笑う。


「じゃあ、待っててくださいね」


ボックスを抱えてキッチンに向かった。中には美味しそうな焼き色のついたカップが六個並んでいた。
あれ? 一個多い?


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