シンデレラを捕まえて
「建築デザインの会社なんですけど、充実した毎日を送っています。だいぶ慣れてきました」
「そう、よかった。美羽ちゃんの仕事ぶりならどこの会社でもやっていけると思うわ」
「ありがとうございます」
私が元気でやっていることに安心してくれたのか、次第に椋田さんの顔に笑みが浮かぶようになってきた。
しばらくは和やかな雰囲気だったけれど、彼女が比呂の名前を口にしたことで変わった。
「栗原くんがね」
仔豚のローストを食べていた手が止まる。
「彼ね、今ちょっと追い込まれてるの」
「あの、比呂に何があったんですか? 私、直接話してないのでどういう状況なのか分からないんです」
椋田さんの誘いを了承した理由の一つに、比呂の様子を知りたいということがあった。比呂が良くない状態になっているのはもう間違いないことで、だけどどうしてそうなっているのか、分からない。日に日に悪化していく比呂の精神状態を考えれば、知っておくべきだと思ったのだ。
「……最初から話しましょうか。美羽ちゃんが辞めた二週間後くらいだったかしら。薫子ちゃんの妊娠が嘘だってことが判明したの」
ああ、比呂からのメールにも、そう書いてあったっけ。
しかし、知らないふりをして、驚いた顔を作った。
「嘘、ですか」
「ええ。二股かけられたことがあの子もショックだったのね。それで、いずれはバレることだと分かっていたくせに、言ってしまったみたい。そしたら、それを知った栗原くんが騙されたって酷く怒って、喧嘩になっちゃったの。婚約は取消、別れる別れないというところまで話は発展しちゃってね」
二部門で実力のある二人の諍いは社内の雰囲気を悪化させた。エステサロン部とヘアサロン部の部間がぎくしゃくし始めてしまったらしい。
「薫子ちゃんのメンタルも弱っちゃってね。浮腫んだ上すっぴんボロボロの顔で出社してくるわ、施術中に泣き出すわ、もう仕事にならない状態になっちゃって。とうとう社長が動いてね」
話し合いの末、薫子さんは自主退職して行ったそうだ。
「それに対してキレちゃったのがエステサロン部なのよ。栗原くんも辞めさせるべきだって社長に直訴に行ってね。大揉めに揉めて、栗原くんはヘアサロン部のリーダー職を降ろされて、減給処分になったわ」
リーダー職には、比呂の後輩である谷さんがついたらしい。谷さんは二年後輩であるけれど、技術の高い人気スタイリストの一人で、比呂がライバル視していた人でもある。
その谷さんに追い抜かれてしまったというのは、比呂にとって大きなダメージになったはずだ。
「彼、すっかり落ち込んでしまってね。最近は表情にも精彩を欠いていて、施術中もちょっと不安定な様子なのね。谷くんも気にしてるんだけど、ほら、谷くんが下手に接触しても逆効果にしかならないって言うか」
「わかります」
谷さんに心配されると言うのは、比呂のプライドを折ってしまうだけだ。
グラスに口をつけて、喉を潤す。
ようやく、比呂がどうして私にあんなにも執拗に復縁を迫って来たのかが分かった。頼れるものを全て無くした状態なんだ、比呂は。
だから、一度は手放した私であっても縋りつきたい。そういうことなのだ。
小さくため息をついた。
「そう、よかった。美羽ちゃんの仕事ぶりならどこの会社でもやっていけると思うわ」
「ありがとうございます」
私が元気でやっていることに安心してくれたのか、次第に椋田さんの顔に笑みが浮かぶようになってきた。
しばらくは和やかな雰囲気だったけれど、彼女が比呂の名前を口にしたことで変わった。
「栗原くんがね」
仔豚のローストを食べていた手が止まる。
「彼ね、今ちょっと追い込まれてるの」
「あの、比呂に何があったんですか? 私、直接話してないのでどういう状況なのか分からないんです」
椋田さんの誘いを了承した理由の一つに、比呂の様子を知りたいということがあった。比呂が良くない状態になっているのはもう間違いないことで、だけどどうしてそうなっているのか、分からない。日に日に悪化していく比呂の精神状態を考えれば、知っておくべきだと思ったのだ。
「……最初から話しましょうか。美羽ちゃんが辞めた二週間後くらいだったかしら。薫子ちゃんの妊娠が嘘だってことが判明したの」
ああ、比呂からのメールにも、そう書いてあったっけ。
しかし、知らないふりをして、驚いた顔を作った。
「嘘、ですか」
「ええ。二股かけられたことがあの子もショックだったのね。それで、いずれはバレることだと分かっていたくせに、言ってしまったみたい。そしたら、それを知った栗原くんが騙されたって酷く怒って、喧嘩になっちゃったの。婚約は取消、別れる別れないというところまで話は発展しちゃってね」
二部門で実力のある二人の諍いは社内の雰囲気を悪化させた。エステサロン部とヘアサロン部の部間がぎくしゃくし始めてしまったらしい。
「薫子ちゃんのメンタルも弱っちゃってね。浮腫んだ上すっぴんボロボロの顔で出社してくるわ、施術中に泣き出すわ、もう仕事にならない状態になっちゃって。とうとう社長が動いてね」
話し合いの末、薫子さんは自主退職して行ったそうだ。
「それに対してキレちゃったのがエステサロン部なのよ。栗原くんも辞めさせるべきだって社長に直訴に行ってね。大揉めに揉めて、栗原くんはヘアサロン部のリーダー職を降ろされて、減給処分になったわ」
リーダー職には、比呂の後輩である谷さんがついたらしい。谷さんは二年後輩であるけれど、技術の高い人気スタイリストの一人で、比呂がライバル視していた人でもある。
その谷さんに追い抜かれてしまったというのは、比呂にとって大きなダメージになったはずだ。
「彼、すっかり落ち込んでしまってね。最近は表情にも精彩を欠いていて、施術中もちょっと不安定な様子なのね。谷くんも気にしてるんだけど、ほら、谷くんが下手に接触しても逆効果にしかならないって言うか」
「わかります」
谷さんに心配されると言うのは、比呂のプライドを折ってしまうだけだ。
グラスに口をつけて、喉を潤す。
ようやく、比呂がどうして私にあんなにも執拗に復縁を迫って来たのかが分かった。頼れるものを全て無くした状態なんだ、比呂は。
だから、一度は手放した私であっても縋りつきたい。そういうことなのだ。
小さくため息をついた。