シンデレラを捕まえて
結局、五針縫った。
思いの外、傷が深かったのだ。

翌日、しくしく痛む右足を引きずるようにして出社した。


「今日は静かな一日ですねえ、玉名さん」

「そうですねえ、安達くん。今日は外出の予定は?」

「ふっふ、ないんですよ! エアコン万歳です!」


窓から差し込んでくる日差しが乱暴なまでに暑い昼下がり。事務所には、私と玉名さん、安達さんの三人だけだった。社長は藤代さんの現場へ、紗瑛さんも別の現場へ出かけていていない。

玉名さんと軽口を交わした安達さんが私の横を通り過ぎる。と、立ち止まって「高梨さん、何て顔してるの」と笑った。


「すっごく険しい顔してる。ああ、分かった。痛むんでしょ」


彼の視線は、デスクの下の私の足に向けられた。


「あ、えと、座っていれば特には。それに、痛み止めを飲んでますし、大丈夫です」


ご心配ありがとうございます、と頭を下げた。私のふくらはぎには包帯がしっかと巻かれている。ちょっと目立つので、朝からみんなに心配され通しなのだった。


「女の子なんだから、気をつけないとだめですよ。高梨さん」


玉名さんに優しく諭されて、「はい」と頷く。


「馬鹿ですよねえ。割れたグラスの上に座り込んじゃうなんて」


えへへ、と笑って言えば、「でも何でそんなことしちゃったの」と安達さんが不思議そうに訊いてきた。


「あー。まあ、うっかり、です」


比呂の事は、誰にも言えないでいた。怖いと思っているくせに、どうしていいのか分からない。
今日のところは、ビジネスホテルか友達の家に泊まりに行こう。数日位なら、友達の部屋を渡り歩けばどうにかなる。

でも、そこから先はどうしたらいいんだろう。

実家は地方なので、帰ることも出来ない。引越しをするしかないのかな。でも、それも今すぐに出来るものでもないし……。


「やっぱり痛むんじゃないの? 大丈夫?」


思い悩んでいたせいか、表情が曇ってしまったようだ。安達さんが心配そうに言った。


「あ、いえ、大丈夫です。すみません」

「そう?」


と、ドアが大きく開いて、社長が入ってきた。


「ただいまー。やー、この部屋はエアコンが効いていて涼しいな!」

「あ。おかえりなさー、い」


社長の後ろには、穂波くんがいた。


「やっぱり穂波がいると話が早いな。助かった」

「配線まで調べさせんなよ。業者呼べ、業者」

「お前で事足りるんだから、いいだろ」


少し汗をかいた様子の二人は、話しながら応接スペースに入って行った。


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