シンデレラを捕まえて
意味が、分からない。どういうこと? だって比呂は私の彼氏で、明日からはみんなに言えるって、そう言ってくれたのに。
のろのろと周囲を見渡す。みんな、気まずそうに顔を逸らした。いつもは真っ直ぐに見つめ返してくれる椋田さんまでもが、すっと視線をずらした。
誰の呟きだろう、「浮気相手……」「制裁怖い」って声が聞こえた。
浮気相手? それって、私のこと? 私が、比呂の浮気相手……?
「あ、ええと……」
薫子さんの横にいる比呂を見る。比呂もまた、私から顔を背けた。薄暗い店内でもはっきりわかるくらい、顔を顰めていた。その表情は、比呂がバツの悪い時に必ず浮かべる表情だ。
それは、今の状況を肯定してるってことだね。これは、趣味の悪い冗談ではないんだね。
『辞めてくれ』
そう言ったのは、私と別れたかったから?
明日から私たちは恋人同士になるんじゃなくて、他人になる予定だった?
「ね、美羽ちゃん。おめでとうって、言って」
薫子さんの声は、もう笑いを含んでいなかった。
どうしたら、いいんだろう。私はここで、泣いて喚いてもいいの? 私も比呂と付き合ってるんですけど、って。
でも、言ってどうするの? 薫子さんのお腹には比呂の赤ちゃんがいるという。結婚するという。
そんな状態までいっているのに、ここで私がごねて泣いて、どうなるの?
なにより、私は『浮気相手』と言われているのに。
「あ……ええと」
場が重たい。食器のぶつかる音一つ、しなくなってしまった。みんな息を殺して、事の成り行きを見守っている。
ふ、と気付く。
どうしてみんな、この状況に戸惑ってないの? おろおろしているのは、私だけなんておかしくない?
まるでみんな、私と比呂の関係も、比呂と薫子さんの関係も知っているみたい。
ううん、「浮気相手」ってはっきり言った人がいる。その時に誰も反応しなかった。ということは、みんな知っている、ということなのね……?
思い至った内容に茫然としていると、「ほら、美羽ちゃん」と薫子さんの苛立った声がした。
「ほら、言えるよね。比呂との結婚、おめでとうございますって」
「ええ、と」
薫子さんは、私から望む言葉を引き出すまでは、引く気はないようだった。「もうやめろよ」と小声で諌める比呂に、「黙っててよ」と厳しく言い返していた。
誰も私を見ていない。ただじっと、私が薫子さんに負けて祝福の言葉を口に出すのを待っている。
「……じゃあ、薫子さんが先におめでとうって言ってくれます?」
空気を破ったのは、あっけらかんとした穂波くんの声だった。
「は?」
薫子さんが苛立った声を洩らす。まつエクが縁取る大きな瞳が不機嫌そうに穂波くんを捉えた。
「どういうこと?」
「いや、実はっすね」
手にしていた空のジョッキをテーブルに置いて、穂波くんは私の肩をぐいと抱いた。
「俺たちも、結婚するんですよ。ね、美羽さん」
は?
驚いて、抱き寄せて来た人を見上げる。私を見下ろして、穂波くんはにっこりと笑った。
「先にお祝いの言葉、貰っちゃおう?」
のろのろと周囲を見渡す。みんな、気まずそうに顔を逸らした。いつもは真っ直ぐに見つめ返してくれる椋田さんまでもが、すっと視線をずらした。
誰の呟きだろう、「浮気相手……」「制裁怖い」って声が聞こえた。
浮気相手? それって、私のこと? 私が、比呂の浮気相手……?
「あ、ええと……」
薫子さんの横にいる比呂を見る。比呂もまた、私から顔を背けた。薄暗い店内でもはっきりわかるくらい、顔を顰めていた。その表情は、比呂がバツの悪い時に必ず浮かべる表情だ。
それは、今の状況を肯定してるってことだね。これは、趣味の悪い冗談ではないんだね。
『辞めてくれ』
そう言ったのは、私と別れたかったから?
明日から私たちは恋人同士になるんじゃなくて、他人になる予定だった?
「ね、美羽ちゃん。おめでとうって、言って」
薫子さんの声は、もう笑いを含んでいなかった。
どうしたら、いいんだろう。私はここで、泣いて喚いてもいいの? 私も比呂と付き合ってるんですけど、って。
でも、言ってどうするの? 薫子さんのお腹には比呂の赤ちゃんがいるという。結婚するという。
そんな状態までいっているのに、ここで私がごねて泣いて、どうなるの?
なにより、私は『浮気相手』と言われているのに。
「あ……ええと」
場が重たい。食器のぶつかる音一つ、しなくなってしまった。みんな息を殺して、事の成り行きを見守っている。
ふ、と気付く。
どうしてみんな、この状況に戸惑ってないの? おろおろしているのは、私だけなんておかしくない?
まるでみんな、私と比呂の関係も、比呂と薫子さんの関係も知っているみたい。
ううん、「浮気相手」ってはっきり言った人がいる。その時に誰も反応しなかった。ということは、みんな知っている、ということなのね……?
思い至った内容に茫然としていると、「ほら、美羽ちゃん」と薫子さんの苛立った声がした。
「ほら、言えるよね。比呂との結婚、おめでとうございますって」
「ええ、と」
薫子さんは、私から望む言葉を引き出すまでは、引く気はないようだった。「もうやめろよ」と小声で諌める比呂に、「黙っててよ」と厳しく言い返していた。
誰も私を見ていない。ただじっと、私が薫子さんに負けて祝福の言葉を口に出すのを待っている。
「……じゃあ、薫子さんが先におめでとうって言ってくれます?」
空気を破ったのは、あっけらかんとした穂波くんの声だった。
「は?」
薫子さんが苛立った声を洩らす。まつエクが縁取る大きな瞳が不機嫌そうに穂波くんを捉えた。
「どういうこと?」
「いや、実はっすね」
手にしていた空のジョッキをテーブルに置いて、穂波くんは私の肩をぐいと抱いた。
「俺たちも、結婚するんですよ。ね、美羽さん」
は?
驚いて、抱き寄せて来た人を見上げる。私を見下ろして、穂波くんはにっこりと笑った。
「先にお祝いの言葉、貰っちゃおう?」