シンデレラを捕まえて
「――こっちが洗面所で、奥が風呂、でもってこっちはトイレ。美羽さんはこっちの部屋つかって。俺の部屋は向こう側だから、気遣いはいらないからね」


綺麗に整頓された過ごしやすそうな家の中を、穂波くんは手短に説明していった。
私に貸してくれる部屋は客間として利用していたらしくテーブルと座椅子が置かれていた。重厚な造りのそれらはきっとおじいさんの手のものだろう。


「適当にメシ作るね」

「あ。私が」

「慣れないキッチンだと勝手が悪いでしょ。それにその足だし、無理はさせたくない。少し休んでていいよ」


優しく言って、穂波くんは襖を閉めた。気配が遠ざかっていく。
私は座椅子に座り、息を吐いた。ぼんやりと天井を眺める。

まさか、穂波くんの家にお邪魔することになるなんて……。


『美羽さんに持ってるのは、簡単に切り捨てられるような感情じゃない』


さっきの穂波くんの言葉が蘇る。
すごく、嬉しかった。あの言葉が私の心を緩めた。

期待してもいい? 私本人に、あなたを惹きつける何かがあるって。
全てが上手くいって、落ち着いたら、穂波くんに話をしよう。ネックレスが無くても、私をみてくれますか、って。


「美羽さん、風呂先に使って。バスタブに浸かれないなら、シャワーで」


穂波くんの声がする。私はゆっくり立ち上がって、穂波くんのいるキッチンに向かった。
使い勝手の良さそうなキッチンで、穂波くんは料理をしていた。後ろから見ているだけで、彼が手慣れていることが窺えた。海外で生活した経験もあるし、自炊には慣れているのだろうか。


「穂波くん」


声をかけると、彼は「ん?」と振り返った。


「どうかした? タオルなら脱衣所に置いてあるから好きに使っていいよ」

「しばらく、お世話になります」


頭を下げると、穂波くんが手にしていた包丁を置いて、近くまで来た。私の前髪をくしゃりと撫でる。


「はい、こちらこそ」


こうして、私と穂波くんの束の間の同居生活が始まったのだった。


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