シンデレラを捕まえて
「授業は真面目だったけどねえ。でもそれ以外は本当に問題児。あれは何年の時だったかなあ、女の子をナンパするのに命かけてた時期があってね」


ぶほ、と再び穂波くんがお茶を吹きだした・


「センセ! 何言ってんの!?」

「いやいや、本当のことだろ? でね、女の子を見たら見境なしに声をかけててさ、こいつ。おい穂波、やめろって」


慌てて止めようとする穂波くんを軽くいなして(さすが男ばかりの工業高校の教師といったところ)、大塚さんは続けた。


「でもね、不思議と声をかけるだけで、付き合ったりとかには発展しないのさ。顔はいいから、喜んでついてくる女の子もいたのに。で、聞いたらさ、シンデレラの王子サマをやってたんだ」

「センセ! まじで勘弁して!」

「……シンデレラの王子?」


おうむ返しに呟く。大塚さんは「そう! あー、でもちょっと違うのかあ?」と首を傾げた。


「この街で自分の作ったネックレスを買ってくれた女の子がいる。その子を探し出したいってさ。こんなネックレス知りませんか、って訊いて回ったんだよ。どうしてもその子を見つけ出したいって。ちょっとさ、ガラスの靴の持ち主を探す王子サマみたいだろう?」


大塚さんは、ポカンと口を開けた私に悪戯っぽく笑った。


「結局見つけられなかったらしいんだけどね。まあ、ロマンチックなところがあるよなあ、って話」


のろのろと穂波くんを見ると、すっかり背中を向けてしまっていた。


「穂波くん?」

「そろそろ仕事再開しよっかな!」


大きな声で叫ぶ穂波くんの耳は真っ赤に染まっていた。


「ほら、センセも戻ろ! 夕方までに目鼻付けたいから!」


私の顔を見ないようにしながら、穂波くんは立ち上がった。そのまま工房へ向かう。


「あいつ、かっこつけたかったのかな。可愛いところがあるってところをアピールしてやりたかったんだけどなあ」


はっは、と大きな声で笑って、大塚さんも立ち上がった。


「昼食、ごちそうさま。穂波と仲良くしてやってね」

「あ、は、い……」

「ああ、おっと。いくらシンデレラの王子サマって言ってもあれだよ? 未だにその女の子の事を探してる、なんてことはさすがにないだろうから、その点は心配しなくっていいよ」


そう言って、大塚さんは工房へゆったりと歩いて行ってしまった。
私はその背中を見ながら、さっきの穂波くんの背中を思い出していた。

ネックレスを持ったシンデレラ。

ネックレスがなかったとしても、見つけてくれたかな。好きになってくれたかな。
そうであって欲しいな。

工房から、機械のモーター音が聞こえだした。二人が作業を再開したようだ。
後片付けをしよう、と立ち上がった。


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