シンデレラを捕まえて
「じゃあ、また明日なー」

「はい! お疲れさまでした」

「お疲れさま、センセ!」


暑さが少し影を潜める夕暮れ時。茜色に染まった空には半月が控えめに姿を現していた。明日もきっと暑い一日がやって来るんだろう。
軽トラックに乗って帰る大塚さんを、穂波くんと並んで見送った。


「センセのお蔭で椅子は予定通り納品できそう。あとはテーブルの原寸図を完成させないとなあ」


ううん、と大きく伸びをした穂波くんが空を見上げた。ちょうど、数羽の鳥たちが空を渡っていた。山の向こうへ消えていく。


「原寸図?」

「うん。工房の壁際にさ、原寸大の椅子の設計図が張ってあるでしょ。あれ」

「ああ」


頷いた。細かな数字まで記された椅子の設計図が確かにあった。


「あれも穂波くんが書くんだよね。高校のときに習った技術?」

「まあ、基本はね。さて、メシの支度しよっか」

「あ。私ね、もう作ったの。だから、穂波くんはお風呂入ってきなよ」


お風呂も沸いてるよ、と言ったら、穂波くんがにひひ、と変な笑い声を上げた。


「な、なに?」

「いや、なんかすげえいい、こういうの」

「え?」

「仕事終わったら美羽さんがいて、風呂が用意されてて、美羽さんの作ったメシ食える。最高」


幸せすぎる、と穂波くんは続けた。


「ば、ばか! ゴハンは穂波くんのより簡単なやつだから期待しても無駄だし!」


あっけらかんとそういうこと、言わないで欲しい。ばしんと背中を叩くと、「あいた」と穂波くんは楽しそうに笑った。


「でも、旨いよ、美羽さんの作るメシ。では、風呂入ってきます!」


私の先を歩いていた穂波くんが、くるりと振り返る。


「美羽さん、明日も休みだよね」

「ん? うん」

「じゃあさ、たまには一緒にビール飲も! 汗いっぱいかいたし、ビール飲みたい!」

「いいけど……明日も作業でしょ?」

「少しくらい平気だよ。いい?」

「穂波くんが大丈夫なら、私はいいよ」

「やった! じゃあ急いで入ってくる!」


言って、穂波くんは家の中に駆けこんでしまった。


「ゆっくりしていいよー」

「わかってるけど急ぐ!」


ドタドタと言えの中でも走っている音が聞こえた。子供らしいんだから、もう。笑みが零れる。
色んな顔の穂波くん。どれもが好きだなと思う。


「じゃあ、グラスを冷やしておかなくちゃ」


お皿を並べたり、料理を温めたり、支度しておこう。後を追うように家の中に入る。二人分の食事のあったかな香りが鼻を擽った。


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