シンデレラを捕まえて
「ん……うぅん……っ!?」


温かな唇が、泣き出す寸前の震える唇を覆う。僅かな隙間から舌が侵入してきて、口内をかき回した。


「うわ! ちょっと、こんなところでなにしてんの!」


椋田さんの焦ったような声と、他の人たちの驚いた声が聞こえる。
急にキスされた私の頭は真っ白だった。どうしてこんなことするの!?

私の体をすっぽり覆ってしまいそうな大きな体を押し返そうとした、その時。
頬を流れる涙を手のひらで拭われた。流れを止めるように、何度も。

もしかして、この人、私が泣くのをみんなから隠してくれた……?

唇に押し付けられる熱と、頬に触れる温かさを、私は拒絶できなかった。
この人が今私から離れたら、みんなにみっともない泣き顔を見られてしまう。
比呂にも、薫子さんにも、誰にも、こんなとこで泣き崩れる自分を見せたくなかった。


「ん……」


熱い舌が私の舌を掬う。肩から流れ落ちた手が腰に回り、ぐいと寄せられる。私はそれを、受け入れた。大きな彼の体は、みんなから私を隠してくれる。

涙、止まって。彼が隠してくれている間に、止まって。


「なにやってんだよ、みっともねえ!」


不意に、比呂の怒鳴り声がした。びくりと震えた私を、穂波くんが一際強く支えてくれる。


「こんな場所でそんなことやってんじゃねえよ! 馬鹿か!」


ガタン、と乱暴に立ち上がる音がした。そこで穂波くんはようやく、私の口を解放した。


「あー、と、すみません。なんか今、美羽さんがすごくかわいかったんですよ」


あっけらかんとした声で返す。


「俺、美羽さんの事まじ好きなんですよ。あっさり理性とばされちゃうんですよね。だもんで、つい」


私は、穂波くんの体が壁になって比呂の様子が見えなかった。彼のつけていたえんじ色のエプロンだけが目の前にある。ず、と鼻を啜って、頬に手を添える。穂波くんのお蔭で、そこは僅かに湿っているだけだった。


「つい、じゃねえよ、店員が何ふざけてんだ」

「ふざけてないっすよー。それに俺、美羽さんの婚約者だし、今だけは部外者扱いしないで下さいよ」


穂波くんの声は明るくて、笑みさえ含んでいた。みんなが私と比呂のことを知っていながらとぼけたように、穂波くんもすっとぼけていた。


「婚約者って、嘘だろ!」

「どうして嘘つかなきゃいけないんですか。今のキス見たでしょ? もう一回しましょうか?」

「いらねえよ!」


比呂が大きな声を出す。席に着いたみんなはヒソヒソと話しながら窺っている。とっくに異常な雰囲気になっているというのに、穂波くんは「えー、そうですか?」とのんびりと返した。比呂が大きな舌打ちをしたのが聞こえたが、穂波くんはそれも聞こえないフリをして、続けた。


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