揺らめく焔
シャルドネは首をかしげる。
リコリスは心配そうに見つめる。
車を止めると、降りるように促す。
「ありがとうございます。」
そう言うのを見ると、発車する。

そして、帰宅した。
異変はその時、始まった。
扉を閉め、部屋へ入る。
スリッパへ履き替えると台所へ向かった。
飲み水をコップに注ぎ、飲む。
冷蔵庫で冷えていたためか、冷たい。
ひやりとした感覚に驚き、思わずコップを取り落とした。
「あ。」
シャルドネはしまった、と頭を抱えた。
床には水と割れた硝子が散らばる。
大まかに割れた硝子を紙に包んで捨て、掃除機で残りを綺麗に吸い取った。
そして、片付ける。
自身の手を見て、再び、飲み水を注いだ。
飲めば、冷たい感覚が喉を通る。
普通ならば当然の感覚だが、この男は違う。
痛覚を感じることがない。
温度も感じない。
そのはずなのだ。
寝室へ向かい、ベッドに腰掛けた。
徐々に感覚が蘇る。
「———ッ!」
身体中が痛い。
古傷が今受けた傷ように痛む。
(感覚が、今更戻るなど……それに、傷はもう完治している。痛みがあるわけがない。)
そう考える。
だが、容赦なく痛みはシャルドネを襲う。
蹲り、歯を食い縛る。
「……罪を、忘れるなとでも言いたいのか。」
(忘れるはずもないのに)
自嘲しながら耐える。

どのくらい耐えていただろうか。
日が照らし、目を細めた。
よろよろとふらつく身体を動かして、シャワーを浴びる。
お湯の温度、傷の痛み。
どれも懐かしい。
髪を乾かし、考える。
(今更、どうして……)
心当たりはなかった。
それも、急に蘇ることなど考えられない。

『これは、君が痛みを感じないように、その感情を心の奥に閉じ込めてしまったからそう思うだけだ。痛みがなくなったわけじゃない。』

いつだったか、医師が言っていた。

そんな思考を遮るように、玄関の呼び鈴が鳴る。
身支度を済ませ、外へ出た。

案の定、リコリスがそこに居た。
「おはようござ……シャルドネさん!?どうしたのですか?」
元気な笑顔から、血相を変える。
(そんなに酷い顔をしている、か。)
自分の顔色が悪いと自覚が有るシャルドネは冷静に判断した。
「いいや。特にない。この程度は平気だ。」
「だめです!顔、真っ青ですよ?ちゃんとご飯食べましたか?」
「政務が終われば医者に行く。気を遣うな。」
「今行きなさーい!」
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