揺らめく焔
「午前のうちにやらなくてはならないことがある。」
そう言いながら、鍵を閉めて歩き出す。
「もう!身体を壊してまですることでもありません。私ができる限りやりますから」
「あぁ。だが、手続きや隊長関係の書類は私にしかできない。」
「それは明日にでもいいじゃないですか。」
「今日すべきだ。動けないわけじゃない。」
そう言うシャルドネにリコリスは呆れたように溜息を吐いた。
「ほんと、頑固者ですね。」
「知っているなら諦めろ。」
「諦めません。」
リコリスはきっと睨む。

軍に着くと、目の前から女性の姿が歩くのが見えた。
「シャルドネー!!」
それは、クレアフィールのものだった。
抱きつくクレアフィールを避けられず、捕まる。
「……」
普段なら、“やめてください。姉上。”と言うが、何も言わないシャルドネに怪訝そうな顔をした。
(あたたかい。)
怪訝そうな顔の主を気にせずにそう思った。
今まで、感じられなかった温もりに少し微睡む。

視界がぼやけ、力が抜けたような気がした。

再びはっきりと見えたのは冷たい床。
其処が何処かは考えるまでもなく、理解できた。
嘗て罰を受けた牢。
その景色は、鉄格子とコンクリートだ。
自分は夢の中にいるのだと解った。
いつもの夢だ。
どこからともなく声がする。
“出来損ない”
“必要ない”
目の前に幼い自分。
誰からも必要とされない存在。
姉も兄も確かな地位がある。
妹さえ、許婚が決まっている。
自分ひとり、何処へも行けずひとりだった。
悲しいとか寂しいとか、そんな弱音を吐くつもりはない。
言ってしまえば姉や兄、妹、母、父……手を伸ばすひとは居ただろう。
けれど、これ以上みっともない姿を見せたくはなかった。
そうやって、実力を付けていった。
八歳になって、ロッテンマイヤー家に引き取られた後もそれは変わらない。
やがて、利用され、牢に入れられた。
それでよかった。
昔のことが蘇り、思考した。
普段ならば直ぐに終わる夢だが、今回は長くなりそうだ。
「忘れるな、か。」
そう言って笑うと、血が滴る。
触れれば、嘗ての傷が新しい傷のように血が噴き出した。
痛みと過去に呻く。
(目を覚ませ。)
早く、終わって欲しい。
そう思った時、ぼんやりと呼び声がした。

「シャルドネさん!」
目を覚ますと、リコリスが居た。
消毒液のにおいと、白い部屋。
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