仮
私が呆気にとられていると、女の子は安心したように息をついた。
「助かったー。寝坊しちゃったけど、ひとりで遅刻するの嫌で困ってたんだよねー」
そう言ってにこりと笑う女の子に、私も安堵する。
誰も知り合いがいない初日から、ひとりで遅刻するのは心細かったのだ。
それを伝えると女の子は、うんうんと頷いた。
「だよね、だよねー!アナタが来るのが窓から見えなかったら、アタシ、サボるつもりだったし」
「窓から?」
「あ、アタシの家すぐそこなんだ。坂を登る手前にあるアパート」
「あの可愛いオレンジの屋根の?」
「それそれー。その窓からアナタが見えたから、いそいで制服に着替えて追い掛けてきちゃった」
ケラケラと笑う女の子。確かによく見れば、ブレザーの仕付け糸が付きっぱなしだった。
「仕付け糸ついてるよ」
「ウソ!」
「切ってあげる。ポケットと後ろもかな?」
鞄からハサミを取り出して、仕付け糸を切る。
「とれたよ」
「ありがと。えーと名前……」
「八木かんな。かんなって呼んで」
「かんなね!アタシは松井杏。杏でよろしく」
杏と一緒に、体育館へと歩き出す。
遅刻して重くなっていた心は、よく笑う可愛い友達ができたことで、すっかり軽くなっていた。