MOONLIGHT
最初、この大学の偏差値を聞いた時は、医者になりたいがそれほど優秀ではない学生が入る大学という認識だった。
だがそれは違った。
ここの医学部は少し変わっている。
偏差値は高くないが、全員入試時に面接試験も行われ、ある意味そちらの方が合否にかかわるらしい。
面接官は、理事長の息子の神田先輩。
神田先輩に言わせると、一芸に秀でていたらOKなのだそうだ。
そんなことでいいのか、と思ったが、これが案外面白い。
一芸とは、本当に一芸で。
例えば料理とか、裁縫とか、英会話、鉄棒、歌、バイオリン…何でもありだ。
ただし、その一芸のレベルの高さは問われる。
そして、全員が偏差値はともかく、真面目だ。
そういう人間を選んで入学させているということだ。
まあ、そんな人間あまりいないので、入学者数は各年、まちまちだ。
この伴君の学年3年などは30名弱しかいない。
伴君が、退出したあと丁度いいタイミングで、T大の梶教授から連絡が入り、NY出張は来週木曜から5日間となった。
はあ。
将を説得するのが大変だな…。
10時から入院患者の回診を行った。
私がこの大学病院へ勤めてから、循環器内科の入院患者も受け入れるようになったのだ。
そしてサブの医師も雇い、循環器内科としての体勢も整えた。
考えてみれば、神田先輩も元々は循環器内科だ。
理由はわからないが、T大を辞め、この病院へきた時から内科に専門を変えた。
だけど、長年大畑先生のもとにいたので、循環器内科もお手のもののはず。
その証拠に。
「はい、来週から再来週始めに、城田先生が出張なんで、私がその間は担当しますから、宜しくお願いします。」
私の回診に神田先輩がついてきて、1人1人にそう言っている。
「…神田先輩、ちょっと質問があるんですが?」
回診を終え、廊下に出たところで、神田先輩の白衣を引っ張った。
この際、使えるものは使おう。
「おー、いいぞ?お前が来てから、循環器内科も体制ができて、いい感じだしなー。出張も行くし、壮行会の意味も含めて、昼おごってやるよ。ドーンと。」
いや、昼の話じゃないんだけど。
しかも。
ドケチ神田のドーンと昼おごりって、思いっきり期待できない・・・。
――そして、昼休み。
ほらね。
やっぱり。
神田先輩に連れて来られたのは、キャンパス内にある、定食屋だった。
つまり、学食。
しかも、運動部ばっかり常連の、全然お洒落じゃない定食屋。
ここの大学は、偏差値は高くないが、運動が有名だ。
医学部の他に経済学部、薬学部、看護学部、リハビリ学部、セラピスト学部、総合学部というのがある。
つまり、実家が病院経営者の子女向けの大学だ。
子供全員が医者になるわけではないから。
医学部以外は、極端なわけではなく、ただ偏差値が高くないだけだ。
店の中に入ると、一斉に注目を浴びた。
私も、神田先輩も白衣だし。
他に教師陣はいなくて。
ガタイのいい学生ばかり。
でも、神田先輩は常連なのか、学生達が一斉に頭を下げた。
「「「「「「「「「「「「ウッス!」」」」」」」」」」」」
はあ。
気持ちがいいくらい、礼儀正しいな。
思わずクスリ、と笑みがもれた。
「何だよ?」
神田先輩が、タバコを取り出しながら、怪訝な顔をした。
「いや…成り行きでこの大学勤めることになったけど…いい大学ですよね?ここ。」
私もタバコをくわえる。
神田先輩が笑った。