MOONLIGHT
運ばれてきたコーヒーにも手をつけず俯いたままのオサムに、私はため息をついた。
「どうしたの。声をかけたってことは、用事があるんでしょ?私、あと少ししたら迎えがくるから、あんまりゆっくりしていられないけど?」
私がそう言うと、オサムは意を決したように顔をあげた。
目が合う。
その途端、オサムが顔がクシャリと歪んだ。
うぬぼれているわけじゃないけど、オサムの後悔が嫌というほど伝わってきた。
「オサム。色々あったけどさ。最後の方は別として…オサムと付き合えて楽しかった。」
「レイ…。」
「で、今日は?こんなとこで会うって、偶然?」
「ああ。本当に偶然。俺、やっと働くこと見つかって…。札幌の、私立の大学病院だ。」
お父さんと典幸の裏工作でオサムは、近辺の病院じゃ雇ってもらえなくなったのだ。
あれだけ言ったのに、関東では働けないようにしてしまった。
罪悪感が心を覆う。
そんな私の気持ちがわかったようで、オサムが少し笑った。
「レイが悪いなんて思うことは1つもないさ。」
「え?」
「まあ、あれから色々あってさ…落ち着いた頃に、葉山社長が訪ねてきたんだよ。」
「ええっ、典幸がっ!?」
典幸のやつ…条件をのんだのに、約束破ったな。
私が、眉間にシワを寄せると、オサムがぷっ、と吹き出した。
「相変わらずの意地っ張りだな。兄さんが酷いことをした俺に、話をしに来たんだぞ。普通は兄さんに感謝するだろう?」
「・・・聞いたんだ。私の家の事情。」
「ああ…俺も甘かった。何で急にあの葉山クリスタルが健康診断を一手にうちにまかせてくれたかなんて考えもしなかった。それで、一気に経営が楽になったのにな…。兄さんが怒るのも無理はないさ。それにお袋が酷いことを言った。」
ああ、私生児云々か…。
「まあ、あの時典幸が悲しい思いをしたことに腹がたったけど…もういいよ。結局、今回のことで、今まで頑なに拒否してきたことを受け入れる気持になったんだから。」
そう、父さんと典幸をもう一度家族として受け入れた。
そう言うと、オサムはため息をついた。
「いつだって、レイはそうだ。何かするのも、怒ることだって、人のためだ。俺、いいわけになるかもしれないけど…もっと、レイに甘えてほしかった…こんな俺じゃ甘えられなかったかもしれないけど。我儘いってほしかった。いつだって我儘言うのは、俺ばっかりで…レイはそんな俺の我儘をあっさり聞いて通してくれて…レイはスゲー美人で頭もよくて、俺なんかとは釣り合わないっていつも思ってた。」
そっか…コンプレックスがあったのか。
今になって、オサムの気持ちがやっとわかった。
「ごめんね、オサムの気持ちに気がついてあげられなかった…。オサムの事好きで好きで、余裕なかったし。だけど、私…オサムに甘えられて凄く嬉しかったんだよ?」
何で、今になって素直に言えるんだろう。
何で、そばにいた時に素直に言えなかったんだろう。
私の言葉を聞いて、オサムは驚いた顔をした。
そして。
「はっ…俺たちバカみたいだな。」
心底、悔やんだ顔。
「ちゃんと、話せばよかったね。」
私も、少し後悔。
だけど…私には、もう将がいる。
多分、この苦い経験は、将と幸せになるための教訓だったと考えたい。
「はあ。俺って、何やってたんだろ…あいつの言った通りだ。レイみたいないい女もう俺の手には入らない…あいつと結婚するんだ?」
私は頷いた。