MOONLIGHT



将には玄関で待っててもらって、手洗いに行った。


鏡の前に立つと酒のせいか、はたまた将のせいか、顔が赤くほてっている自分が映っていた。

もう帰るだけだからいいか、と洗面で顔をあらうことにした。

バシャバシャと水をかけると、随分さっぱりした。

火照りも少し違う。

気持もよくなって、手洗いから出た。


将も舞台で疲れているだろうと、廊下を歩くのが急ぎ足になる。

戸田の家も青山さんのお屋敷同様、とても広く廊下も長い。

慌てて角を曲がる。


と。


何故か、芝崎が立っていた。


「レイさん。」

「どうした?」

「1人だからやっと渡せる。はい、忘れ物。」


手渡されたのは、赤い塗りのライター。

外国のブランド品だ。

これはお母さんの形見。


「あっ。やっぱり、この間落としたんだ。」


お父さんが昔、お母さんにプレゼントした物で、おかあさんがいつも愛用していた思い出のライター。


よかった。


丁寧に礼をいって受け取った。


そんな私を芝崎がもの言いたげに見る。


何となく気づまりで、将がまってるのでじゃあ、と言って足早に立ち去ろうとした。


だけど。


芝崎が私の腕を掴んだ。


「レイさん。」

「何?」

「何で、将さんより俺が先に出会わなかったんだ…。」


フェロモンたっぷりの瞳で、私を見つめる芝崎。


ああ、これって。

うぬぼれ、とかじゃないけど。

偶にこういうことってある。

つまり、告白系…ってやつ。

世の中物好きが結構いて、こんなガサツな私でもいいって人がいる。

多分、これはそのパターン。

でも、私に気持ちがない場合は、毅然とした態度をとることにしている。


私は真っ直ぐ芝崎を見た。


そしてためらいもなく口を開く。


「それは、運命だ。」

「え?」

「私は、将と結ばれる運命だったから。だからこうなったの。言いかえれば、先に芝崎と出会ってても、私は将を選んでいた。」

「……。」


無言で、唇をかみしめる芝崎。

だけど、腕を離してくれない。


「将がまってるから。」


掴まれていない方の手で、芝崎の手を外す。


そのまま歩き出すと。

芝崎がポツリとつぶやいた。



「レイさんが、俺の物になれば、俺…人生変えてもいいって思ったんだけどな。」






< 149 / 173 >

この作品をシェア

pagetop