MOONLIGHT



「レイ?今どこ?」


私が応答する前に、将が焦った声を発した。


「今、T大を出るところ。」


そう答えると、安堵のため息が電話の向こうから聞こえた。

てゆうか、浮気がマスコミで騒がれてるのに、私に一言もなしか?


「よかった。悪いんだけど、そこからタクシーに乗って、渋谷のDスタジオまで、来て!大至急!」

「は?」


何いってんだ、こいつ。

浮気ヤローの癖に。


「だから、渋谷のDスタジオ。頼むからすぐ来て!T大なら、15分で来れるよね!?」

「やだ。」

「レイ!頼むよ!!弁慶が大変なんだよ、臍曲げて!」


何だと?

弁慶?


「弁慶がいるの?」

「ああ、雑誌のペット特集で、撮影に連れてきて…「すぐ行く。」


そう言って、将が何かを言っていたが、電話を切った。

弁慶が撮影?

あの、不器用な弁慶が撮影なんて無理な話だ。

可哀想に。

きっとストレスの塊だろう。


私は、丁度やってきたタクシーに手を挙げた。








渋谷のDスタジオの受付では、木村さんが待っていてくれた。

木村さんは、将のチーフマネージャーで、家へも用事で来るので顔見知りだ。

いつの間にか恋人と認知され、結婚の話も最初にして、すぐにおめでとう、と言ってくれた。

言わば善き理解者だ。


「レイちゃん、ごめんね?仕事だった?」

「いえ、丁度終わって帰るところでしたので。」


学生時代は砲丸投げをやっていたという、木村さんの胸板は今日も厚い。

私より2才上の35歳だ。
マッチョタイプの、濃いイケメン。

でも、受付嬢から熱い視線を浴びているのに、本人はおかまいなし。

逆に私が、じろじろ見られている。

受付を抜け、廊下にでて2人になると、木村さんが申し訳なさそうな顔をした。


「週刊誌の件だけど、知ってる?」


やっぱり、浮気の話。


「はい、電車の中刷りで見ました。」

「悪かったね…。」


いや、将の浮気を木村さんに謝られても。


「別に、木村さんのせいじゃないです。」

「そうだけど、これからもこういう事があると思うし、先に纏めて謝っとく、みたいな?」


冗談めかしているんだろうけど、笑えない。


「こういう事は、またあるんですか?」

「うん、将は人気あるからね。」


人気があったら、浮気もOKなのか。


幸せと現実の間には、私には理解できない溝がある。



結婚か…。





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