悪霊の微笑


 娘は風呂場の浴槽の中に誰か見知らぬ女が入っていることを必死の思いで伝えるが、母親は呆れながら娘が来た道を大股で連行し豪快に風呂場に足を踏み入れて、浴槽の蓋を躊躇うことなく取り上げた。
 
 しかしただそこには湯気が立つだけで女の人どころか髪の毛一本もなかった。
 そもそも冷静に考えれば蓋をした状態で、お湯を満タンにした浴槽に人が長時間沈んでいられるはずがないのだ。
 娘の必死の訴えも虚しく、母親は娘の言葉を無視して風呂場を後にする。
 娘はさっきの光景が恐ろしくて、この日入浴するのをやめた。

 そんな姉を後目に、弟は隣にあるトイレへと入った。
 が、直後に異様な光景を目撃する。
 なんと閉めてある洋式トイレの蓋と便器の間から、ぞろりと長い黒髪がはみ出た状態で床に広がっていたのだ。
 弟はトイレから飛び出すと、近くにいた姉を呼んで一緒に確認する事になった。
 二人が一緒にトイレに入ると、確かにトイレの蓋の下から長い黒髪がはみ出ている。
 恐る恐る姉は勇気を振り絞って勢い良く蓋を開けると、そこには女の人の顔だけが上を向いて入っていた。
 姉弟は咄嗟に悲鳴を上げる。
 その女の人は浴槽に浸かっていた女の人と同一人物だった。
 姉と弟に視線を向けるとその女の人は、ぱっくりと口を開き甲高い声で嗤い始めた。

「あははは……あーはははは……!」

 
 嗤い声に合わせて女の人の顔が小刻みに震え、はみ出た黒髪がぞぞっと便器の中に引きこまれる。
 弟は顔を引きつらせると、勢い良く便器の蓋を閉め流水レバーをひねった。
 耳障りな笑い声が、水の流れる音と無理矢理飲み込む吸水音に掻き消されていく。
 
 このログハウスには絶対何かいる。
 娘と息子は確信したが、それを両親に話してもきっと信じてくれないだろうと、二人は黙っておくことにした。

 
 あれほど仲が悪かった姉弟は、今夜は一人で寝るのを嫌がって二人、同じ部屋で一晩を過ごした。

 翌日、父親の趣味である魚釣りに同行する事にした。
 このログハウスに残るのが嫌だったからだ。
 母親も一緒に行く事になり、手作りのお弁当を持って近くの海へと家族揃って出かけた。

 ところがそこは険しい崖になっている。
 だが父親はこういうところこそ魚がよく釣れるのだと、下りの道を見つけて崖の下へと下り始めた。
 母親と娘、息子も渋々ながらせっかく来たのだからと、父親に習った。
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