ささくれとレモネード



それが幼少時のハルとの別れだった。


そんなほろ苦いような思い出を埋めるように時は流れてゆく。


学校を転々とする必要がいつしか無くなって、友達を作るスキルも人より不足していた俺は、淡々とその日々を過ごした。



その代わり、ハルが好きだと言ってくれた"走り"には段々とのめり込んでいった。


小学校高学年で町の陸上クラブに所属すると、週末は練習に明け暮れた。



もっと速く駆け抜けたい、そう思うのは易い。


追い駆けて、追い抜いて、足跡一つない着地点にゴールする瞬間だけはこの上なく清々しい。



新しい土地に次々と転がる日々はもう過去になったはずなのに、家に帰れば幼い笑里の面倒を見て、疲れた顔を見せまいと母が笑う。


”あいつ”はもうこの世にはいない、けれども不意に訪れる言い様のない恐怖感。


不思議であり凶暴なその感覚に飲み込まれないように、俺は、必死だったのかもしれない。


”穏やかな日々に1日でも早くこの身を安心して預けられるように”ーーそんな焦りから逃れるため、走ることに没頭していた。


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